第5話 地下書庫の紙の敵

 王都庁舎の裏、石畳の地下へ続く螺旋階段。

入口の看板がやたら強い。


【飲食禁止】

【湿気持込禁止】

【風、ほどほど】

【ページ、勝手にめくらない(特にあなた)→※風の上位精霊】


「名指しだよフウコ」

「偏見。事実に基づいた偏見」

ユキチがぽふ。「今日は冷え気味で行く」


鉄扉の先は長い廊下。空気が重い。古紙と糊と埃のにおい。

出迎えたのは、黒衣に赤い栞ひもを巻いた司書長――カナエ司書長。

「来たわね“モフ課”。私はカナエ。恋愛フラグは立たない。本と仕事にしか興味がない」

「自己申告ありがたい!」

「状況は最悪。紙魚(しみ)が大量発生。背綴じ、端、目録――みんな齧られてる。今朝は目次まで噛まれた」

「目次はやめて!」と俺とフウコとユキチが揃って叫んだ。


シルヴィオが名刺を更新して差し出す。監査官/文化財湿度監督(臨時)/書庫動線安全室 室長(代理)。

「方針。殺さない。移送する。根本の環境(温度・湿度・風路)を直す」

「すごくまっとう」

「私はいつもまっとうだ」


現状確認


カナエがランタンに小さな光(照明精)を灯し、地下二層の閲覧室を見せる。

床の隙間から、銀色の小さな影がすばしば走る。棚の脚元にはでんぷん糊の壺。

「これ、餌だよね」

「修復ボンドの一部が切れて、仮置きにしてた。悪手だったわ」

カルカがしゃがみ、耳を伏せる。「“暗くて、あたたかくて、端っこおいしい、ここ天国”って気持ちがいっぱい」

「まさに“良い環境を提供してしまった”パターンか」


フウコが空気を味見するように鼻をならす。

「上流の換気管、詰まってる。風が棚の間で渦になって、埃と匂いが“溜まる”形」

ユキチが床に手(前足)を当てる。

「湿度、高い。温度も高め。下の階ほど悪い」

「三点セットだな」


段取り(書庫版)


「やることは三つ――

①風路を引き直して、渦を太く低く整える(フウコ)

②冷却・除湿で静電気と匂いを落とす(ユキチ)

③餌場撤去&移送。紙魚には請負契約を結んで“ここから出て別の仕事へ”」(俺)


シルヴィオがスッと書類を出す。

「G-もふ請負9:書庫害虫ピースフル移送。報酬は“結露水+でんぷん団子微量”。監督は精霊庁。齧るなリスト添付」

「齧るなリスト強い」


「それと――契約枠は今日リセット。3/3使える。ここでは“書物側”と繋いで秩序を作る」

「誰と?」

カナエが小さな木札を掲げる。赤い栞ひもがぷらん。

「栞(しおり)の精霊・シオリ。ページを止める子よ」

「名は体を表してる!」


〈契約1〉栞の精霊・シオリ

閲覧台に立てられた一本の栞ひもが、ふっと揺れた。

『ぺら、ぺら、ぺら……めくりたい。でも今は止める役。がんばる』

「自己葛藤かわいい」

『紙魚きらい。でも彼らも紙。……いや紙じゃないか。紙の敵。止める』

俺は栞の結び目を撫でる。やわい絹糸、ひんやり。


10、9、8…

「“勝手にめくらない帯”を棚ごとに張ろう。読み手がめくるときだけ解く。風の副作用は通すけど弱める」

7、6、5…

『わかった。ぺら、ぺら、ぺらない』

4、3、2、1――契約成立!


【リンク更新】

新規:栞の精霊シオリ――ページ固定(範囲)/“ぺらない帯”形成/閲覧動線の可視化

副作用:持ち物に勝手に栞が挟まる(※増殖しがち)


「勝手に挟むな!」

「便利」とカナエ。


〈契約2〉書庫の目録霊・モクロク

「次、索引がほしい」と俺。

カナエが頷く。「いるわ。“目録霊・モクロク”。性格は几帳面。楽しいに弱い」

書庫の隅、古いカード目録箱がからころ鳴った。

『整えるの、好き。乱れるの、もっと好き――いや違う。好きじゃない。好きなのは整ったまま動くこと』

「それ最高」


10、9、8…(カードの端を撫でる)

「紙魚の動線を書いて。餌場→捕獲→移送の一方通行。齧るなリストは赤文字で怖いフォント」

7、6、5…

『フォント、こわくする(黒体・特太)。動線は矢印。逆走禁止』

4、3、2、1――契約成立!


【リンク更新】

新規:目録霊モクロク――動線設計/“齧るな”標識付与/棚マップ投影

副作用:付箋が増殖(色別/意味あり)


「付箋だらけになる未来が見える」

「幸福な未来」とカナエ。


施工開始


フウコが換気管に耳(概念)を当てる。

「上流の詰まり、糊蓋。誰かが修復の時にぼてっとやったね」

「責めないで。やったのは私だ」とカナエが挙手。

「自己申告の清さ、好き」と俺。

ユキチが冷気の糸を換気管に通す。糊がきゅっと縮み、フウコが逆流で吸い出す。

「風路修正。棚と棚の間は低く、読書台はやわらかく」

『了解、風の帯を引く』

空に薄い線が現れ、紙の匂いが軽くなる。


モクロクが床に矢印を投影。栞の帯がページを抑える。

カナエがでんぷん団子を“餌場→罠”の皿に分ける。

俺はハリモフ(今日は背中にフェルトマットを増設)を呼び、刺さらない姿勢で罠を搬送する手筈をつける。

『今日は刺さない日。がんばる』

「偉い」


シルヴィオは書庫の入口で係員に説明。

「閲覧一時停止。請負契約はこちら。報酬は結露水+でんぷん団子。齧るなリスト厳守」

「怖いフォントだ」と係員が震える。

「意図通り」


小事件1:風の副作用


作業を始めて三分。

「紙が勝手にめくれる!」

「犯人わたしじゃない!」とフウコが言う前に、ウィンドウが出る。


副作用(フウコ):書類が勝手にめくれる(仕様)

「仕様って書くな!」

シオリのぺらない帯が発動し、ページの暴走が止まる。

「帯、優秀」

『ぺらない、誇り』


小事件2:紙魚の“女王”


下層の索引室、床下の点検口からざわり。

「群れの中心」とカルカ。

のぞくと、古い糊の大皿に、ひと回り大きな紙魚――皆から“女王”と見なされてる個体――が陣取っている。

『ここは、わたしの、都市(まち)。食べて、増えて、紙の海』

「海は困る」


契約で従える対象じゃない(精霊じゃない)。なら交渉だ。

「ここを卒業しよう。外に廃紙処理場がある。そこで君は役に立つ――“紙を壊す”じゃなく、“紙を返す”。請負契約を結ぶ。餌は出る」

『やくに……立つ?』

「立つ。ここでは悪役、外では主役」

カルカがそっと添える。「“今の楽しいはこわされるけど、新しい楽しいは歓迎される”」

『……歓迎?』

俺は皿の縁を指でトントンと叩く。

「契約書、G-もふ請負9。いち日限りの試用から」

シルヴィオが即座に紙を差し出す。

「ハンコ……いや、鱗粉スタンプで」

女王がぽとん、と鱗粉を落とし、契約成立。


罠皿→運搬皿→移送箱へ。ハリモフが刺さない姿勢で背中で運ぶ。

『運ぶ!がんばる!背中、刺さない!』

「合言葉みたいになってる」


トラブル:温風の逆噴射


「……あれ?」

フウコが顔を上げる。上流の送風炉の音が変わった。

「逆噴射くる。温風、強め」

「最悪のパターン!」

温風が通路にぶわっと流れ、床の細かい紙粉が舞い、ページがあおられ、紙魚の列が乱れる。

「ユキチ、一時氷霧で温風を重く!」

「いく!」

冷気が白く広がり、風が鈍る。

「フウコ、逆相で吸気つくって押し返し!」

『はいはい!』

「シオリ、全棚帯を強に! モクロク、退避動線切り替え!」

『ぺらない帯、強!』『矢印、こっち!逆走禁止!』


温風が白い霧の中で減速し、紙魚の列は矢印に沿って移送箱へ雪崩れ込む。

「ハリモフ、持ち上げて!」

『持つ!刺さない!』

「カナエ司書長、送風炉の主電を落として!」

「了解!」

カナエが壁のレバーをガチャン。温風が止み、書庫に静けさが戻る。


「……段取り勝ちだ」

「かっこいい」とカルカ。

フウコが小声で。「めくってない。えらい私」

「えらい」


仕上げと書庫の“お清め”


移送箱は満杯。女王も試用でおとなしく入っている。

ユキチが除湿を微調整し、フウコが風の帯を弱に切り替える。

栞の帯は閲覧台では緩む仕様にして、読書の邪魔をしない。

モクロクが壁に新しい案内板を投影。


【閲覧ルール(改)】

・手を清潔に

・風は弱く

・ページは“ぺらない帯”が案内します

・齧るなリストは入口掲示


シルヴィオがまとめる。

「本日の法的問題:なし。紙魚移送:128体+群れ1。書庫環境指数:改善。KPI“くしゃみ”:高→低」

「数字、好き」とカナエ。

「付箋は増殖中です」とモクロク。

「それは趣味の問題」とカナエ。


カナエ司書長が深く礼をする。

「ありがとう。“殺さないで守る”方針、ここに合う。女王は外部委託で活躍してもらうわ」

「役割の翻訳って大事だね」とカルカ。

『ぺらない、誇り』とシオリ。

「風は読む。空気を読む。今日、覚えた」とフウコ。


俺のステ窓が更新される。


【黒田ツナ Lv.14→15】

撫術:EX(維持) 交渉:A → A+

新規リンク:シオリ(ページ固定)、モクロク(動線設計)

本日の契約:2/3(残1)

備考:紙魚移送請負(完了)/書庫の信用+2/勝手に栞×5(ポケット)/付箋在庫+∞(意味あり)


「栞は返すからね?」

「半分は寄贈で」とカナエがにっこり。

「笑顔の圧」


帰り際、掲示板に新着がぺたり。


【小案件:市場外れ“捨て井戸”から鳴き声。正体不明】

推奨:モフ課(交渉系)


「鳴き声か」とユキチ。

「水の精霊かな。声が雑音になってる……気がする」とフウコ。

カルカの尻尾がぶんぶん。「怖いけどわくわくします!」

シルヴィオが名刺をそっと増やす。井戸安全監督(臨時)。

「増やし方が自然になってきたな」

「国家のためだ」


俺たちは移送箱(女王入り)を抱えて地上へ。書庫の階段の上で一度振り返る。

「ページ、またね。ぺらない帯に従って、ゆっくり会おう」

『ぺらない。けど、読むときはぺら』

「うん、それが一番いい」


ステータス


【黒田ツナ Lv.15】

体力:B 魔力:C+ 機転:A+ 撫術:EX

固有:〈モフ契〉〈群れリンク〉〈ステ窓チャット〉

連携中:ユキチ(冷却/除湿↑)、ムクラ(敏捷/嗅覚↑)、フウコ(速度↑↑/風路設計)、シオリ(ページ固定)、モクロク(動線設計)

本日の契約:2/3

備考:書庫環境“安定”/移送請負:G-もふ9 完了/勝手に栞×5回収待ち


モフ一口コーナー


シオリ『めくるのは人、止めるのは私。読書中は“ぺらない帯”の案内に従ってね』

ユキチ「湿度ひかえめで紙は長生き。冷やしすぎると人が風邪なのでほどほど」

フウコ「風は帯で引くと暴れにくい。渦は太く低く、出口も忘れずに」

カルカ「“悪役を主役に翻訳”できると、請負がうまくいくよ」

シルヴィオ「齧るなリストは怖いフォントが効く(なぜか)」

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