第7話 戸惑う心

 家に帰った後、事務所から着信があったことに気づいた。

 いったいなに……?

 気になってかけ直した。

 呼び出し音が鳴った後、あの時の担当が出た。


「あの案件の依頼人が激怒している」

「え?」

「お前のせいで男と別れそうだと」


 それは……。


「実は依頼人と職場が今一緒で……私が接触する前から知ってたと言ってました。事務所とのやりとりを彼女のスマホで見てしまったようで」

「そうか……。俺たちに落ち度はないが、嫌な予感がする。お前は特に気をつけろ。あの男といるのは危険だ」


 そう言われて電話が切れた。

 ただ愛を確かめたかった彼女は、逆に信頼を失ってしまった。

 でも、彼女は本当に愛していて、ただ不安だっただけ。


 こんなやり方は、よくないと私も思う。

 気になってこの仕事を受けたけれど……受けなければよかった。

 受けなければ、こんな複雑なことに巻き込まれなかった。


 でもなぜだろう。

 彼のそばにいたい。

 たとえ報われない関係でも。


 そんな矛盾を抱えながら眠りについた。


 ***


 朝、会社に出勤する時、彼の姿が見えた。エレベーターを待つ集団の中に。

 そして同じエレベーターに乗る。

 各階で人が降りていく。

 二人だけになった時、彼が振り返った。


「おはよう」


 今日は少し優しい顔だ。


「おはようございます、早川さん」


 初めて、同じ会社で仕事をする仲間として会話をできた。

 依頼人のことは気になるけど、私は今の仕事をちゃんとこなして、普通に社会人として歩いていくんだ。


 私がオフィスのデスクに座ると、沢村さんが来た。


「ちょっと今日手伝ってほしい作業があるんだけど、いいかな?」


 その後私は沢村さんに資料室に案内された。


「ここにある昔の資料をデータに起こしたくて。前からやろうとしていたんだけど、誰も手が回らなくて。できそう?」


「はい、大丈夫です。順次進めます」


 私は渡された資料を受け取り、パソコンにデータ入力をしていた。


「春日さんって、早川と知り合いだったりする?」


 驚いて手が止まった。


「いえ、面識はありません」

「そうか……春日さんが来た日、あいつの様子がおかしかったから気になって」


 勘が鋭い……気を付けないと。


「そうだったんですね。何かあったんですかね」


 平静を装って流した。


「そうか。ごめん、余計な話して。じゃあ仕事よろしく」


 沢村さんが部屋から出たときに、力が抜けた。

 私の素性と早川さんの関係は誰にも知られたくない。

 その後は気持ちを切り替えて、業務に集中した。


 昼休憩になって部屋から出ると、遠くから早川さんらしき人の声が聞こえた。

 電話で誰かと話している。


「これ以上言うことはない。もう電話をかけてくるな。俺のことは忘れろ。もう関わるな」


 彼は電話を切った後、深いため息をついてこちらに来た。

 その時目が合ってしまった。

 私はすぐ目を逸らしてデスクに戻ろうとした。


「待って」


 恐る恐る振り返った。


「ちょっと付き合ってくれない?」


 読めない表情に胸がざわつく。

 私は静かに頷いた。

 彼に導かれるままついていった。

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