第45話 馨の記憶

 夜行馨は「学園イケメン」のもう1人の攻略キャラクターだ。

 プログラム通りに言葉を紡ぎ、プレイヤーに愛される。

 キャラクターとして、何も問題なかった。


「……へぇ、君は朕に気づけないのか。感情の変化もなし。――まぁ、そもそも「心」を持っていないから仕方ないけど。しかし、面白くないな〜〜。」


 ノイズが混じった声が、世界の外側から滲むように響いた。

 どこから聞こえるのかわからないのに、確かに頭の奥を掻き乱してくる。 

 私の「心」という器に、何かが注ぎ込まれる感覚。

 熱い。

 痛い。

 怖い。

 それが、感情と呼ばれるものだと知った。

 

「学園イケメン」のテストプレイが始まった。

 副会長を通して、プレイヤーに初めて出会った馨。

 まるで初恋が実ったかのように――心から幸せそうに笑っていた。

 ――彼は、一瞬で恋に落ちた。


「お、「心」を与えた影響が出始めたね。さぁ、どう育っていくのかな?朕、楽しみ!」


 あの笑顔に触れたとき、プログラムが震えた。

 規則もルールも消え去って、ただ――彼女だけが残った。

 それが恋というものだと、私は気づいた。


 ……しかし、彼女が愛を向ける対象は常にルルだった。

 ルルが声をかければ真宵は目を輝かせる。

 ルルが話しかければ、口元を綻ばせる。

 愛し、愛される関係のなんと羨ましいことか。

 ――どれだけ願っても、その愛が私へ向くことは永遠になかった。


「んん?この感情は……。へぇ~~、「嫉妬」を覚えたのか。いいじゃん、いいじゃん。面白くなってきたぞ!」


 ――神の声が、遠くで笑う。

 プログラムの外側から見下ろすような声。

 私の心の奥で、何かが音を立てて軋んだ。

 

「学園イケメン」の開発中止が発表される。

 ルル・マルランに修正不可能な不具合が発生したらしい。

 私自身に何も問題はない。

 ――しかし、残酷にもゲームは終わりを迎えてしまった。


「あ~あ、結局誰にも愛されないまま最期を迎えるんだね。せっかくいい所だったのに。朕、つまんないの。」


 …………そう、私自身に何も問題はなかった。

 ただ、「ゲームが壊れた」それだけ。

 なのに、私の人生に終止符を打たれてしまった。

 愛することも、愛されることも知らないままエンディングを迎えてしまった。

 なんと理不尽な結末。

 なんと残酷な運命。

 ……しかし、ゲームのキャラクターでしかない私に、結末を覆す力はない。

 到底納得できるものではない。

 ――それでも、今の私には現実を受け入れるほかできなかった。


「ええぇ、諦めちゃうの?もったいない。」


 ――受け入れられるのか?

 本当に?

 プログラムされた感情が、私の身体を熱く滾らせる。

 ここで終わるわけにはいかないと、「心」が主張する。

 ……せめて、せめてもの願い。

 彼女――真宵を愛してみたい。

 ――愛されてみたい。

 あのときに見た彼女の感情を、心を奪われた愛しい笑顔を、私にも向けて欲しい。

 ――ねぇ、ルル・マルランのエンドは迎えたでしょう?

 彼の物語はこれでおしまい。

 でも、乙女ゲームの全てをクリアするには、2週目が必要ですよね。

 乙女ゲームが大好きなあなたなら、コンプリートをめざしますよね。

 2週目がないのであれば、作れば良い。


「――2週目を始めましょう。次は私の番です。」


 縋るようにあさっての方向へ両手を伸ばし、悲痛な声を絞り出す。


「ねぇ、神様。……もし、いるのなら。私に――彼女を、愛させてください。」 


 私の声が、虚空へと吸い込まれていく。

 この世界の誰にも届かない。

 それでも、確かに「神様」は答えた。 


「いいよ。君の結末には朕も納得していなかったし。……おや、君は魔力を持っていないのか。なら、朕の力を貸してあげる。」


 光とノイズが交錯する。

 世界が黒い靄で覆われていく中で、神様は笑った。


「――さぁ、君の物語を面白くしてよ!」

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