第44話 馨さんの恋心
馨さんと空き教室へ到着する。
長らく誰にも使われていなかったのか、机や椅子が乱雑に置かれていた。
室内も薄暗く埃っぽい。
乾いた空気が喉を刺し、静寂だけがまとわりつく。
不気味なほどに時間が止まっていた。
「――ようこそ、私とあなただけの世界へ。」
両手を広げた馨さん。
私の来訪を心待ちにしていたようだ。
「完成に時間がかかりましたが、上手くいってよかったです。さながら秘密基地ですね。」
馨さんが部屋全体をひとりでに歩く。
コツ、コツと静かな空間に足音が響きわたる。
「普段、こんな場所で何をされているのですか。」
「そうですね、恋のおまじないをしてます。」
馨さんが足を止める。
そして、部屋の中心で祈りを捧げるように両手を合わせた。
「おまじない……?」
「はい。神様に向けて、私の想いが届きますように、と。」
恥ずかしそうに、ふふっと声を漏らしながら教えてくれる。
……馨さんの言う「神様」とは、私をこの世界へ連れてきた神様と同じなのだろうか。
「馨さ……」
「ふふ。それより、真宵さん。あなたはルルさんと随分親しくされていますよね。」
神様について問おうとしたが、遮られた。
そして、彼は間髪入れる暇もなく話し続ける。
どうやら、このまま話を聞くしかないようだ。
「そうですね、ルルさんにはお世話になっています。」
一瞬、馨さんの瞳が揺れた。
空気が変わった。
「ねぇ、真宵さん。あなたは、ルルさんのことをどう思っているのですか。」
「生徒会長として、頼りにしています。」
間違ったことは言っていない。
……が、望んでいた回答と違ったのか首を傾げられた。
そして、少しずつ私へ近づけば、顔を覗き込まれた。
「ふふっ、聞き方が悪かったですね。――では、質問を変えます。」
馨さんらしい、にっこりとした笑顔で問われる。
「――ルルさんのこと、お好きなのですか?」
「んっ?!」
思わぬ質問に、声が裏返る。
急激に全身が熱くなった。
心臓の音しか聞こえなくなり、うるさくて敵わない。
……まさか、馨さんに直球で聞かれると思っていなかった。
かなり恥ずかしい。
こちらの精神力が問われる。
しかし、昨日ルルさんへ「好き」だと言ったのだ。
本人がいないとはいえ嘘をつくわけにはいかない。
ここは、はっきりと自分の気持ちを伝えよう。
いけ、私!
本人にも言ったことあるのだから、誰に言っても大して変わらない!
「…………………………好きです。」
かなり小声になってしまった。
言い切った後、その場から隠れるように思わずしゃがみこんでしまう。
しばらく、こちらを見ないで欲しい。
はたして、私の精一杯の回答は馨さんに届いているのだろうか。
「ふふっ、そうですか。顔を真っ赤にして。可愛らしい。でも――」
「馨さん……?」
低く、こもった声。
声色の変化を感じ取った私は、ゆっくりと顔を上げる。
「――ここでも、あなたは私ではなく、ルルさんを選ぶのですね。」
「ひっ?!」
彼が、人を凍りつかせるほどの冷めた表情で私を見下ろしていた。
心臓の鼓動が耳鳴りのように響く。
「……悔しいです。記憶喪失を知っているのはルルさんだけではない。……私もなんですよ。」
どろどろと濁った瞳が、こちらを見ている。
堰を切ったように放たれる言葉が恐ろしい。
「現実世界のあなたを私は知っている。私も、あなたの理解者になれた存在!……それでも、あなたはルルさんを選ぶ。いつもいつも、あなたは――。」
「選ぶってなんのこと……うわっ!!」
私の身体を馨さんが無理やり掴み、壁に押し付けた。
勢いよく叩きつけられた背中に痛みがじわじわと広がる。
恐怖で身体が拘束される。
「ねぇ、真宵さん。――私もあなたのことが好きなんですよ。知っていましたか?」
動けない私の顎に触れ、ゆっくりと輪郭をなぞる馨さん。
壊れ物に触れるかのように優しくなぞられた箇所がぞわっと熱を帯びた。
「真宵さんがこの世界に来る前から、私はあなたのことが好きでした。私も神様によってプログラムを超えた愛を手に入れたのです。」
馨さんの瞳に、視界が揺れた私が映っている。
今、彼は確かに「神様」と発言した。
……この人は、神様を知っている。
「しかし、乙女ゲームは残酷ですよね。――あなたは、いつも私ではなくルルさんを選ぶ。」
輪郭をなぞる手が止まる。
苦しそうに顔を歪める馨さん。
彼の気持ちも気になるが、それよりも……。
「馨さんも、神様の存在を知っているのですか?!」
私の質問に、彼の伏せられていた目が開かれる。
そして、静かに頷き、微笑んだ。
「ええ、頼りにしています。今では神様へのおまじないも欠かせないものですね。」
「おまじない」とやらは、神様の力を指しているのだろう。
馨さんは、神様を知っているだけではない。
実際に力を借りている。
次々と明かされる真実に、言葉を失う。
その場に立ち尽くすしかなかった。
「ふふっ、驚きましたか?目をぱちくりさせて。そんな表情も可愛くて素敵です。――では、もっと驚かせちゃいますね。」
馨さんは口角を上げると、輪郭を撫でていた手をするりと私の後頭部へ移動させた。
そして、硬直した私の耳元に顔を近づける。
妙に甘ったるく、けど底知れない狂気が滲んだ声。
「――大好きな真宵さん。」
ゆっくりと、囁く。
「――あなたは記憶を消したのが私だと言えば、もっと驚いてくれますか?」
「えっ…………?!」
咄嗟に私は彼の胸元を力いっぱい押して、無理矢理距離を取った。
無理な体勢のまま押し退けた衝撃で力が抜ける。
ずるずると壁へ沿うように座り込んでしまった。
「馨さん、嘘ですよね……?」
頭が真っ白になる。
耳の奥で馨さんの声だけが、何度も何度も反響した。
「ふふっ……。あはははは!嘘じゃないですよ、本当なんですよ、真宵さん。――あなたの記憶を消したのは私です。良かったですね、記憶喪失の原因がわかって。」
なんで?どうして?どうやって?
色々なことを聞きたいが、喉が上手く動かせず音が出ない。
「ふふっ、慌てないで。ちゃんと説明してあげますから。」
……その声は、どこまでも優しかった。
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