第35話 いつもの馨さん

 生徒会室に戻れば、全員が揃っていた。

 放課後に会っていたはずのルルさんと秀一くんの顔を見て、胸を撫で下ろした。


「どうしたっすか、真宵先輩。そんなに、ほっとした顔して。」


 帰宅準備をしていた秀一くんが、私の様子を察してか手を止めた。

 そして、不思議そうにひょこっと顔を覗き込む。


「なんでもない。気にしないで。」

「ならいいっすけど。今日は会議の内容も濃かったし、お疲れじゃないですか?真宵先輩、早く休むっすよ。」

「ありがとう、秀一くん。」


 かなり精神が参っていたのか、ちょっとした気遣いに癒される。

 彼の声を聞くだけで、体温が戻ってきたようにも思えた。


「全員揃ったな。」


 ルルさんの一声が場を支配する。

 ……その凛々しさが何よりも恋しかった。


「いよいよ文化祭まで残り2日。厳しい現状だが明日からも引き続きよろしく頼む。では、解散。」

「お疲れ様っす!」

「お疲れ様です。」


 挨拶をすませ、それぞれが壁紙に帰宅を記入する。


「馨先輩、早く一緒に帰るっすよ~~。」

「ふふっ、そんなに急かさないでください。今書き終わりましたから。」


 秀一くんが急かすように馨さんの背中をぐいぐいと押した。

 そんな秀一くんの行動に困りながらも、彼は後輩のじゃれあいに身を任せている。

 ……さっきの馨さんは、本当に同じ人だったのだろうか。

 さっきまでのあの恐怖が、まるで夢のように遠い。 


「先輩方、また明日っす!」

「真宵さん、ルルさん、お先に失礼いたします。」


 いつもの穏やかな笑みを見せ、秀一くんと一緒に扉を抜けていった。

 ルルさんと私だけが残る。

 ……せっかく二人きりなのに、どうしても話をする気にはなれない。

 憂鬱な感情を抱えたまま、黙々と帰宅準備をしてしまう。

 どれだけ深呼吸をしても、耳の奥にあの囁きが残っている気がした。

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