第33話 生徒の変化

 情報を集められることを期待し、図書室へ訪れた。

 扉を開けば、微かな紙の匂いが鼻をかすめた。

 カウンターには、静かに本を読む生徒の姿。

 彼女のページをめくる音だけが、図書室の静けさにぽつりと落ちる。

 ……いつもは、すぐに挨拶してくれたのになぁ。

 あの頃が恋しい。

 しかし、感傷に浸っている時間はない。

 図書室には何千もの本が棚で眠っている。

 さっそく、この山から情報を探してみよう。

 

 ……さすがに見つかるはずもなかった。

 そもそも、どの本を読めばよいのか見当つかない。

 見渡す限りの本。本。

 背表紙には難解なタイトルや、無機質な記号の羅列。

 目に付いた本を手当たり次第に読んでみたが、欲しい答えにはたどり着けなかった。

 ……生徒に協力を求めてみるか。


「あの……学園に関する本はございますか?」

「リクエストに応えられません。」


 一定の抑揚もないノイズ混じりの声。

 瞬きひとつさえ動かない表情。

 図書室の生徒は本を読むだけの機械人形としてプログラムされているのかもしれない。

 返答すれば、すぐさま物語の世界へ戻ってしまう。

 ……わかっていた。

 それでも、胸が締め付けられる。

 あの頃は、話しかけるたび嬉しそうに本を薦めてくれたのになぁ。

 ……あっ。


「――黒い本」


 あの時、ほんの数ページだけ読んだ「黒い本」。

 あれには、確かにルルさんの情報が――。

 今なら、続きが読めるのではないか?


「黒い本を貸してください。」

「リクエストに応えられません。」


 こちらへ向けられた視線に欠片も情が感じられない。

 応えれば、関心を失ったのか再び本を読み進める。

 ……心が折れそうになった。

 黒い本が失われたから、リクエストに応えられないのか。

 図書室で情報を集めるのは難しいのか。

 ……いや、そんなはずない。

 以前ルルさんが、直接カウンターへ返却していたのを私は見ている。

 黒い本はまだ存在している。


「カウンターに入らせてください。」

「リクエストに応えられません。」


 同じことしか言わないな、もう!

 埒が明かず、焦りから時計を見る。

 最終下校時刻まで残り10分ほどだった。

 ……今日はいったん諦めよう。

 何も収穫を得られない一日になってしまったが、方針は定まった。

 明日こそ――黒い本の続きを見つけ出す。

 そう決めて、私は静かに扉に手をかけた。

 

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