第25話 心の奥底

 目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。

 時計の針が小さく刻む音だけが、静かな部屋に響く。

 視界に映るは、吊り下げられたアンティーク調のシャンデリア。

 煌びやかに輝いた照明が眩しい。

 そして、自分がいる場所は天蓋付きのベッドの上。

 肌に吸い付くような柔らかな毛布が心地よい。


「……ここはどこ?」

「ようやく起きたか、真宵。ずいぶん遅かったな。」


 凛々しい声が、意識をはっきりとさせた。


「えっ、ルルさん?!」


 慌てて身体を起こすと、ベッドサイドに座ったルルさんがこちらを見つめていた。


「どうしてここにいるんですか?」

「どうしてもなにも、ここは俺様の部屋だ。」


 ルルさんの言葉を受けて、ぐるりと辺りを見回す。

 そこには、赤と黒を基調とした豪華絢爛な空間が広がっていた。

 一つ一つの家具が文化的価値のある家具だと言われても信じられるくらいに気品がある。

 ルルさんは、宮殿の中に住んでいるのだろうか。

 さすが、由緒正しき家系の人だ。

 ……と、そこでようやく気づいた。 


「……どうして、私はルルさんの部屋にいるのでしょうか。」

「お前、昨日のことを覚えていないのか。」


 ルルさんが、自身の顎に手を当て、訝しげな表情をする。

 最終下校時刻のアナウンスから逃げるように生徒会室へ駆け込んだことは覚えている。

 しかし、そこからの記憶がない。

 ……生徒とは、もう会えないのだろうか。


「……すまん、嫌なことを思い出させてしまったな。」

「謝らないでください。私が知りたいと言い出したのですから。」

「くく、気遣ってくれてありがとう、真宵。」


 目を伏せてルルさんが笑えば、改めてこちらに姿勢を向けた。


「では、改めて状況を整理しようか。下校時にお前は気を失ってしまった。……そんな状態のお前を一人きりにするわけにはいかないが、最終下校時刻も過ぎてしまっていたのでな。そのまま俺様の部屋まで運ばせてもらった。」


 そうだ。

 生徒会室へ到着した後、パニックを起こして倒れてしまったのだった。


「ルルさん、ありがとうございます。ご心配おかけしました。」

「まったくだ。一日で二度も心臓が止まる思いをした。……反省してくれ、真宵。」 


 咎める言葉とは裏腹に柔らかい声色。

 ルルさんと目が合う。

 ……私が目を覚めるまで、ルルさんはずっと傍にいてくれたのだろう。

 ようやく肩の力を抜くことができたのか、目元が緩んでいた。


「はい、気を付けます。」


 ルルさんが、身体を前のめりにし、私の額に手を当てた。

 触れられた手から温かい気持ちも伝わってくる。


「熱はないな。無事でよかった。」


 そのまま起きたばかりで乱れていた髪を手でそっと梳いてくれた。

 髪を滑らせる手つきが心地良い。

 身を任せているうちに、だんだんとまぶたが落ちてきた。


「ルルさん。」

「どうした、真宵?」


 甘さを含んだ声に胸がときめく。


「――ルルさん、どこにもいかないでくださいね。」


 うつらうつらとした意識の中で、胸の内を明かした。

 たとえ、ここが乙女ゲームの世界だとしても。

 ルルさんが人間ではなかったとしても。

 ルルさんの優しさは、決してプログラムされたものではない。

 私へ向けられた本物の愛情だから。

 それに――


「ルルさんともっとお話していたいです。一緒にいさせてください。――私、ずっとずっと、ルルさんに恋焦がれていたんですよ。」


 ルルさんの厚みのある手に身体を擦り寄せた。

 彼の温もりが直に伝わる。

 現実世界での出来事や、ルルさんへ恋焦がれた理由も忘れてしまった。

 だけど――心の奥底に秘めていた想いだけは誰にも奪わせなかったんだ。


「――真宵。」


 そっと名前を呼ばれた瞬間、私の身体は自然とルルさんに引き寄せられていた。

 あまりにも突然のことで息ができない。

 でも、苦しくはなかった。

 彼の腕の中は、世界のどこよりもあたたかくて――


 …………いや、ダメだ。

 私の心臓が爆発するかもしれない!


「ルルさん!?どうしたんですかいきな、」

「――真宵、ありがとう。」

「ルルさん……?」


 嬉しさ。哀しさ。安堵。愛しさ。

 どれも違うようで、どれも間違っていない。

 その声には、言葉にならなかった想いが、いくつも詰まっている気がした。

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