第17話 黒い本①
乙女ゲームの世界に迷い込んで、気がつけば3日間も経っていた。
今日も、部屋を出た瞬間には、放課後まで時が流れている。
この奇妙な時間の流れにも少しずつ慣れてきた。
……それが少し怖い。
けれど、今は生徒会の活動が待っている。
早く始めよう。
……と、意気込んだものの、生徒会室には誰もいなかった。
いつもは、彼らが先に生徒会室へ到着していることが多い。
壁紙で所在を確認する。まだそれぞれの教室にいるらしい。
今日は、生徒会の活動が始まるまでに少し時間がかかるかもしれない。
――せっかくの機会だし、ちょっとだけ学校の中を探索してみようかな。
善は急げと、壁紙に「図書室」を記載した。
図書室に到着した。
見渡す限り、壁一面の本棚。
そのすべてに、本が息を潜めるように並んでいた。
本の貸し借りを請け負っているカウンターの上にも、まだ分類されていない本が山のように積まれている。
はたして、学校生活を送る間に図書室の本を読み切る人は現れるのだろうか。
カウンターの内側で、生徒が一人本を読んでいた。
本の数に圧倒されていた私へ気づいた生徒。
読んでいた本を閉じ、笑顔で挨拶してくれた。
「こんにちは、副会長。本日はどんな本をお探しでしょうか。」
「こんにちは。これだけの本があれば、どれから読めばいいのか分からなくて……。おすすめの本はありますか?」
「おすすめでしたら、こちらの本はいかがでしょうか。」
足取り軽く、カウンター奥へと消えていく生徒。
そして、戻ってきたと同時に「待ってました」と言わんばかりの勢いで一冊の本を差し出した。
そまるで墨を流し込んだような深い黒の表紙。
光を吸い込むように、文字だけが浮かび上がって見える。
表紙には「マルラン家の歴史」と記載されていた。
「もうお気づきかもしれませんが、生徒会長の家に関する本です。以前、お話しましたが、ルル様は有名な家系の一人息子なんですよ。その家柄について詳しく書かれています。」
それは、ぜひとも読んでみたい。
……読んでみたい気持ちはあるが。
「ルルさんの情報を勝手に読んでよいのでしょうか。」
それに全校生徒が借りられる本として、自身の家柄に関する書籍が置かれているのも問題なのでは……?
「安心してください、副会長。私たちはこの本を副会長以外にお渡しする気はありません。だってあなたに知ってほしかったのですから。」
不安そうな私へ、いつもの笑顔で両手を差し出す生徒。
その先には、黒い本。
私のためだけに用意された本だと言わんばかりに、胸を張っていた。
「もちろん、ルル様にも秘密です。」
生徒は口元に指を近づけバツ印を作り、誰にも言わないことをアピールしてくれた。
「ありがとうございます。読んでみますね。」
「副会長。よろしければ、奥のカウンター席をご利用ください。穴場です。」
生徒が、本棚の死角に用意されたカウンター席へ案内してくれた。
せっかくだから、おすすめの場所で、生徒おすすめの黒い本を読んでみることにした。
マルラン家の歴史――。
マルラン家は由緒正しき魔術の家系であり、特に黒魔術を得意としている。(中略)
決して表舞台で明かされることは無いが、現代でも魔術を用いられた事例は多数存在する。
もしかしたら、現代で起こる化学では証明できない事柄にはマルラン家の魔術が関わっているのかもしれない。
「――こら、真宵。何を読んでいる。」
ふいに、耳元で声がした。
ゾワッと背筋が凍りつく。
いつからそこにいたのか。まったく気づかなかった。
とっさに本を足元へ隠し、声をかけられた方向へ振り向いた。
「くく、わかりやすく目を丸くさせているな。」
目の前には、余裕たっぷりの笑みを浮かべたルルさんがいた。
「顔を赤くさせて。何かやましい本でも読んでいたのか。」
「そんなわけないじゃないですか!」
背後にいたルルさんは私と距離を取ってくれたが、足元に隠した本からは決して目を離してくれない。
「ほら、何を読んでいたのか隠さずに言ってみろ、真宵。」
ルルさんは確信をもって、こちらの足元を指していた。
きっと読書中の様子もしっかり見られていたのだろう。
絶対どんな本を読んでいたのかを把握した上で私に問いかけている。
お手上げだ。
「……意地悪。」
「人の家柄を勝手に読んでいるのが悪い。」
大人しく黒い本を差し出した。
それをルルさんが受け取れば、ふっと息を漏らした。
「……この本を借りられるまでの仲になったのか。真宵、どこまで本を読んだんだ。」
「まだ、10ページも読んでないですよ。残り100ページ以上もあります。」
「なら、よかった。」
「ルルさん、私を見つけるのが早すぎます。」
「生徒会の活動時間が始まっているのに、お前が来なかったからな。」
急いで壁時計を確認する。
気がつけば、活動時間から30分も経過していた。
……やらかした。
「えっと、全員そろってなかったので、まだ時間があるのかな、と。」
「まぁ、今日は全員が揃うまで少し時間がかかったからな。お前が来なかったので、馨と秀一はすでに活動を始めている。」
いつの間にか、活動していないのが私だけになっていたらしい。
「時間管理を見誤りました。すみません。」
「気にするな。早く本を返して活動を始めるぞ。」
頭を下げる私に、ポンっと軽く本を当てるルルさん。
そして、本を返却しようと先にカウンターへ向かっていく。
「あの、ルルさん」
「どうした、真宵。」
ルルさんが足を止めて、こちらへ振り返った。
「ルルさんは、魔法が使えるのですか。」
「あぁ、使える。」
その言葉と同時に、指が軽く弾かれる音が静かな室内に響いた。
瞬間、目の前に深紅のバラがふわりと現れた。
急に現れたバラを落とさないように、とっさに両手で拾う。
さっきまで、どこにもなかったはずの花が確かにそこに存在した。
「すごい!どこからバラを咲かせたんですか?!」
「くく、そんなキラキラした瞳で見るな。この程度、魔法と呼べるような力とは言えない。」
そう言いながら、ルルさんの指がもう一度動く。
すると、バラの花びらが、ひとりでに揺らめいた。
まるで、意志を持っているかのように。
これでも充分すぎるくらい素敵な魔法なのに、さらに凄い魔法もあるのか。
「ルルさん、もっと見たいです!他にはどんなことができるのですか?」
「期待させといて悪いが、ここで見せられるものではない。」
「残念です……。」
「そうがっかりするな。」
ルルさんは、手に持っていた薔薇を消した。
そして、不敵な笑みで応えた。
「――いつか、真宵が魔法を必要とする場面が訪れたなら、そのときは遠慮せず使ってやる。それまで、お預けだ。」
「……そんなタイミングが訪れるのでしょうか?」
「さあな。今はわからなくていい。では、生徒会室に戻るぞ。」
ルルさんは、今度こそ本を返却しにカウンターへ向かう。
消えていくバラの香りを胸に残しながら、彼の背を追った。
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