第16話 三度目の……


 ――霜を帯びた低草が地を這うように広がり、ところどころで灰白色の岩肌がむき出しになっている。なだらかな起伏が連なり、冷たい風が吹き抜けるたび、白い霜が静かに舞い上がっていた。


 そんな寒々とした『霜牙の丘陵そうがのきゅうりょう』で、俺たちは……


「……ああ……気持ちいい。フェリエ様……最高に気持ちいいです。俺、こんなに……気持ちいいの、はじめて……」


「ね? 言ったでしょ……私の……の中は、最高に気持ちいいって」


『……最高だろう? 我が君マイン・リーベ……フェリエ様の……の中は……』


「うん。もうずっと、ずっとこのままで……」


 ああ、このままだと俺は、気持ちよすぎて……


 ――寝てしまう! いやさすがに、魔獣があふれ、他の冒険者も活動している『霜牙の丘陵そうがのきゅうりょう』で寝るわけにはいかんのだよ!

 

 いくら聖女様の【聖域】の中とはいえ!


 フェリエ様の神聖魔法――【聖域展開】。

 最高強度を誇る【聖魔結界】を展開し、かつこの聖域内にいると身体の回復効果が得られるという。しかも、何と言ってもこの聖域内は――めちゃくちゃ快適だ! 気温も小春日和を思わせる暖かさ。微風がそよぎ、空気自体が浄化されているように感じる。

 正直、街の宿屋に泊まるより、こっちのほうが断然、ぐっすり眠れて、身体の疲れも取れること間違いなしだ。

 しかも、今、俺は……


「眠ってもいいよ、ルミス。寝てる間に襲ったりはしないから、ふふ」


 フェリエ様の膝枕で横になって、頭を優しく“なでなで”されちゃってるのだ……


「――はっ! ダ、ダメですよ!」


「どうして? 私の【聖域展開】はA級の魔獣でも破れないよ? 信用してよ〜」


「そこは信用してます! ただ、外から丸見えですよ……」


 『霜牙の丘陵そうがのきゅうりょう』はせいぜい低木や岩がある程度で、とても見晴らしがいいところだ。一応、岩陰に隠れたところで休んでいるが、この【聖域】は無色透明の結界。魔獣ならともかく、他の冒険者にフェリエ様のお姿を、万が一にも見られるわけにはいかない。


 リヴィアの姿ではこの【聖域展開】を長時間保つのは、いまだ難しいのだという。戦闘中に短時間だけ、結界を張るのはできるようになったというが、一昼夜は保たないそうだ。

 それに引き換え、フェリエ様は聖域を何日でも保つことができるという。『黎明の聖女』の所以となった、大規模な街に一昼夜、【高位聖魔結界】を展開しても内在魔素の半分も使わなかったのだとか。す、すごい……なんてもんじゃない。しかも……


「生き返ってから、なぜだか、内在魔素が倍以上に増えた感じがするの。自分でも底が見えないなぁ〜」


 ……だそうだ。もう、想像がつかない! まぁ、それはさておき、


「フェリエ様、この聖域の範囲をもう少し狭めることはできますか? 二人でゆっくりくつろげる程度……そうですね、半径3メートルくらいに」


「うん、できるけど……はい。とりあえず、それくらいにしたよ」


 ふぅ、人前でやるのも、二人分の範囲でやるのも、初めてだから緊張するな。


「――【空間迷彩ミラージュ・フェード】」


 周囲に魔素を巡らせると、俺たちを包む空間が淡く揺らいだ。俺たちを囲む聖域は、周囲の景色へと溶けていく。


『……我が君マイン・リーベ、一体何を?』


「聖域の外に出てみて」


 フェリエ様が聖域の外に出る。この聖域、フェリエ様が認めたものは出入り自由らしい。いや、ホントすご……


「――えっ!? これって!」


「空間魔法の応用です。空間を歪めて、この範囲を外から見えにくくしているんですよ。まぁ、お手製の【認識阻害】みたいな感じかな」


『……すごいな、我が君マイン・リーベは。とても、E級冒険者のできることではない。しかも、これは戦闘で相当なアドバンテージになるぞ!』


 さすが聖騎士様。この魔法の利点をわかってらっしゃる! でも……


「うん、俺もそう思う。そう思って、訓練してるんだけど、激しく動くと魔法を保てないし、そもそも、魔法を発動するまでに、相当集中力を高めないといけないんだ。だから、今はまだ使い所が難しい。でも俺はソロだから、こうやって休憩するときには重宝するんだ。しかも、俺の【空間魔法】は何故か魔素を食わないから、一度発動すれば一晩中展開しても、俺は全く疲れない」


 フェリエ様がスタスタと俺に近寄ってきた。例のごとく、正面からガッチリ肩をホールドされる。


「完璧よ……完璧じゃない! 私たちはやはり、出会うべくして出会ったんだわ!」


「ど、どうしたんですか? フェリエ様?」


「私の【聖域展開】とルミスの【空間迷彩】……この二つがあれば、本当に誰にも邪魔されない、二人だけの空間が手に入るのよ!! ……ぐへ」


『おお! まさしくそうですね!! 絶対に邪魔されない……ぐへ』


 フェリエ様が欲望に歪みつつも、清らかで美しい表情を浮かべて迫ってくる――どんな表情だよ!


「え? いや、でもさすがにここでは……え? いや……そ、外ですよ!」


「……観念せよ。もはやそちは妾の手の中じゃ……ひっひっひ」

『ぐひひ……時は来た!』


 うりゃ〜! という雄叫びとともに、フェリエ様は俺に襲いかかってきた! 勢いよく俺は地面に倒れ込む。

 ――ドンッ、という衝撃が来るかと思ったら……

 ――フワッ、ん? なんかとても柔らかい布団に倒れたような感覚が……


「ふふ、【聖風草】……気持ちいいでしょ?」


 横に視線を向けると、かすかに輝く柔らかな草原があたりに広がっていた。


「これでどこでも気持ちよく横になれるよ〜。疲労回復の効果もあるから【聖域展開】と二重の回復効果なの〜」


「フェリエ様は……魔素を消費して、精神疲労しないんですか?」


「特に生き返ってからなんだけど……全然魔素を消費している感じがしないの。多分、消費量に比べて、内在魔素の自然回復量が上回ってる感じかなぁ」


「あ、あの凄すぎて……俺なんかが――んっ!」


 話している途中で、柔らかな感触に口を塞がれた。


「……ん、おしゃべりは、後にしよ……んん、あ、あん……」


 濃密な甘い香りと柔らかい感触に、全身を包まれる錯覚に陥る……

 

 ああ、意識が……白い光に包まれる……



 ――ゴンッ、ゴン、ゴン、ゴンッ!


「うわっ!」「きゃぁ!」『ぬわっ!』


「……………………」

『……………………』


 ……嘘でしょ……ま、まさか、こんなところにまで……宿屋の主人ゴルガンさんが……


「……三度目の正直がぁ! ――リヴィア!」

『二度あることは……などとぉ! ――承知! 今度こそあの首を!』


「ま、まって――んなぁっ!!」


 一瞬でリヴィアの姿に変わり、飛び出そうとする! 俺は慌てて、リヴィアを押さえつけた。 そして耳元で静かに、だが鋭く言い放つ。


「リヴィア、落ち着いて!」

『ひゃんっ』


「――冷静に、確実に、であの首を落として!」





――――――――――――――――――――

【あとがき】

 自己満足のために書き始めたのですが、やっぱり『★★★』や『ハート』、『レビュコメ』いただけると、モチベ爆上がりします。少しでもこの物語を面白そうだと感じていただけたなら、よろしくお願いします。


姉妹作「再生の賢者 ~スキルポイント目当てで低級奴隷を漁っていたら、再生の賢者と呼ばれるハメに~」もよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818093084808450847

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る