第12話 決意

『ちょ、ちょっとリヴィア! エルザちゃんとウィルがそこまでいくのは、物語も後半に入ってからよ!? さすがに早すぎるわ!』


「す、すみません、フェリエ様……我が君マイン・リーベが優しすぎて、興奮してしまいました……」


『それにずるいわよ。自分だけ敬語なしで、呼び捨てで呼んでもらおうなんて~ それ、私もしてほしい!』


「さ、さすがにフェリエ様を呼び捨てにするなんて……いや、しかしそのほうが、聖女であることを悟られる危険は減るか……」


 また二人でワチャワチャしている。いや、だから『エルザとウィル』って……てか、それより、


「いや、あの、さすがに聖女様と聖騎士様を呼び捨てにはできませんよ」


「いや、我が君マイン・リーベ。少なくとも私はあなたの奴隷だ。敬語も敬称も不要だ」


「奴隷って言ってもすぐ解除するでしょう? さすがに主人面はできませんよ」


『えっ……?』

「そ、そんなっ!?」


 ど、どうしたんだ? 一瞬でめちゃくちゃ泣きそうな顔になってる……


「ど、どうか、我が君マイン・リーベ……私たちを見捨てないでほしい……」

『め、迷惑……だったかな。いや、普通、そうだよね。でも、お願い。私たちを見捨てないでください……』


 な、なんで? そんなに落ち込まないでよ……え、俺何か悪いこと言ったの?


「いや、あの、神殿に行って隷属契約を解除するんじゃないんですか? 聖女様ならできるって話を昨日……」


『え? いやあれは、できるよってだけで、するという意味じゃないよ!』


 そうなの!? いや、でもな……うーん、何と言えばいいか


「……えーっと、でも俺と隷属契約を結んだのは、偶然というか、森でたまたま出会って、そうするしかない状況だったからですよね。本来ならもっと聖女様を助けるに足る力を持った方を選ぶべきですし……俺はただのE級冒険者ですよ?」


 うーん、やはり聖女様は命からがら逃れたことで、少し興奮して冷静になれていないのかな。そりゃ、俺も聖女様に頼られるなんて嬉しいけどさ。もう少し現状を正確に認識してもらわないと……


「あの、別に迷惑とか思っているわけではありません。むしろこれからも聖女様のお役に立てるなら、喜んで力になりたいと思います。ただ、僕にはなんの後ろ盾も力もありませんし、せっかく帝国に逃れられたのなら、エルウェ教神殿や政府に保護を求めるべきではありませんか?」


『変わって、リヴィア』

「はい」


 そう言うと、リヴィアさんは淡い翠緑色をまとい、フェリエ様のお姿になった。フェリエ様はベッドに座り、俺に自分の隣に座るよう、“ポンポン”と布団をたたく。


「……はい」


 フェリエ様の横に座りそちらを向くと、目の前にはフェリエ様の極限まで美を極めたお顔が。頬をやさしくなでられて、真剣な眼差しで見つめられる。うぐっ……これで手を出せないとか、拷問に近い……


「これだけは……嘘偽りなく答えて、ルミス」

「はい」


「本当に、迷惑ではなくて? 私たちがあなたの人生の枷になりませんか? 先程の言葉、『これからも力になりたい』というのは本心ですか?」


 ああ、これ、マジのやつだ……適当に答えてはいけないやつだ。


「……正直、よくわかりません。俺はただの低級冒険者です。人より少し変わったスキルは持ってますが……でも、昨日の“国の争い”がどうこう、という話も頭で理解はできますが、実感はわかないんです。困っている人がいれば、可能な限り助けます。ただし、それは“可能な限り”なんです。そして、ただの低級冒険者である俺の“可能な限り”は……とても狭いんです」


「そう……だよね」と呟いたフェリエ様は、ためらいがちに俺のほおに触れていた手を離した。


「ごめんね、私たち本当に浮かれすぎていたみたい……エルウェ教神殿で隷属契約を解除するまで、あと少しだけ、付き合ってくれますか? お礼は必ずその時に」


 フェリエ様は俺を安心させるように微笑んだ。少し寂しそうに……


 ああ、まただ…………また俺は、俺に期待してくれる人たちを失望させてしまう。賢しげに『分をわきまえているつもり』になって、一番大事な場面から身を引いて……また大事なものを失うのか。

 親父殿の寂しそうな笑顔、姉の泣きはらした顔……あの時、少しでも、前に踏み出していれば……


 離れ行く手を、俺はつかんでいた。フェリエ様の潤んだ翠緑すいりょくの瞳が見開かれる。


「でも、あの時、こうも思ったんです。もしかしたら……もしかしたら、始まるのかもしれないって」


「……始まる?」


「俺の……あきらめた、俺の物語が、始まるのかもしれないって! 不謹慎だけど、ワクワクしたんです! あなたに助けを求められたとき、何か壮大な物語が始まるのかもしれないって…………あなたの力になりたい! あなたの役に立ちたい! 大した力はないけど、それでも! だから、どうかこれからも、あなたのお傍に控えることをお許しください!」


 …………一人で盛り上がってしまった。俺が断った感じなのに、なぜか最後は『傍にいさせてください』的なことを叫んでしまった。支離滅裂だ。うわー、夜寝る前に思い出して恥ずかしくなるやつだ、これ。


 でも……本心だ。幼い頃から憧れた英雄譚が始まる予感がした。一度は開かれたその道を自ら断った。一生後悔しながら生きていくんだろうって思っていた。

 そしたらまた……今握っている手を離したら、俺はもう……


「うふ、なぜルミスがそんなに必死なのですか? 私たちがあなたを求めているのに……?」


「す、すみません……自分でも何言っているのか、わからなくなってきて……」


「これから、いっぱいお話ししましょう。今までどう生きてきたのか。そしてこれからどう生きていきたいのか。ずっと、ずーっと、これから末永く共に生きていきましょう」


「……はい。フェリエ様……僕の聖女様……」


「だから、泣かないで。うふ、泣き顔もかわいくて好きだけど、笑顔のルミスの方が好きよ」


 いつ以来だろう、涙を流したのは。頬を伝う雫に、フェリエ様がそっと唇を寄せた。それから、潤んだ瞳にもかすかに口づけを落とし、零れた涙を一滴ずつ掬い取っていく。

 頭の中が真っ白になる。俺は今、女神さまの祝福を受けているのだろうか――次の瞬間、唇にやわらかな感触と甘い吐息を感じた。気がつけば俺はベッドに横たわり、フェリエ様のぬくもりをただ全身で感じていた。


 意識が……遠のいていく……


――ドンッ、ドン、ドン、ドンッ!


「うわっ!」「きゃぁ!」『ぬわっ!』


「おい、ルミス! そっちいるのか? 朝飯終わっちまうぞ!!」


 宿屋の主人ゴルガンさんが、全力で扉を叩き、濁声を響き渡らせる。そうだ、朝飯の時間が……


「あ、フェリエ様、朝食――ひぃっ!」


 俺の上に乗っかり、自ら白聖衣はくせいいの裾にそっと手をかけていたフェリエ様が……

 先ほどまでの慈愛に満ちた超絶に美しいお顔に――鬼の形相を浮かべて扉を睨みつけている!


「――リヴィア! 今すぐにあの者の首を刎ねて参りなさい!」

『――承知!』


「いや、待ってー!」


 結局、二人をなだめるのに時間がかかり……朝飯を食い損ねた。





――――――――――――――――――――

【あとがき】

 自己満足のために書き始めたのですが、やっぱり『★★★』や『ハート』、『レビュコメ』いただけると、モチベ爆上がりします。少しでもこの物語を面白そうだと感じていただけたなら、よろしくお願いします。


姉妹作「再生の賢者 ~スキルポイント目当てで低級奴隷を漁っていたら、再生の賢者と呼ばれるハメに~」もよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818093084808450847

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