第5話 魂の共有(ソウルリンク)

「何をしている? 【誓約の魔紙】……? 愚かな、一つの魂に二つの隷属契約など、できるわけないであろうがぁ!」


 グルシオは余裕を漂わせながら、ニヤついた顔でこちらを見ている。


「少年、今から私が言う〈詠唱文〉を復唱してくれ」

「……はい」


魂名マナなんじしゅなり——刻め、縛れ、隷契成就…………〉

魂名マナなんじしゅなり——刻め、縛れ、隷契成就…………〉


「はっ! 愚かな。成立するわけがあるまい!」


〈……主従しゅじゅうかせえ、双魂そうこんつかね――まじえ、はせ——【魂の共有ソウルリンク】〉

〈……主従しゅじゅうかせえ、双魂そうこんつかね――まじえ、はせ——【魂の共有ソウルリンク】……〉


 ……初めて口にする詠唱文なのに、一度聞いただけで滑らかに言の葉ことのはに乗った。

 すると、俺が手にしていた魔紙の翠緑すいりょく色の輝きが脈打つように強まり、凄まじい光を放つ。


「うわっ、なに、これ!?」


「少年! 私の腕にっ!」


 俺が輝く魔紙を少女の腕に押し当てると、一瞬、目を開けていられないほどの眩い光があふれ、次の瞬間には魔紙は消滅していた。そして、少女の白く美しい左の二の腕には、翠緑に輝く奴隷紋が刻まれている。


「な、ばかな……隷属契約が成立したというのか……?」


 グルシオが戸惑いの表情を浮かべて、立ち尽くしている。

 少女は……腕を押さえながら目を閉じ、何かに耐える表情を浮かべていた。


「だ、大丈夫……?」


 しばらくして目を開けた少女は、深い紫――アメジストのような瞳にやさしげな色を浮かべて、俺に言った。


「ありがとう、少年。どうやらうまくいったようだ……あと、剣士に対し大変失礼だが、その剣を拝借できないだろうか? そして、あの男を殺せと、命じてほしい」


「ま、待って! どう見てもあの男は強い! 君はこの獣道をたどって逃げるんだ!

俺じゃ勝てないけど、時間を稼ぐのは得意だから! 君は逃げて!」


 何が何だか分からないが、とにかくこの少女を逃がさなければ始まらない。言ったとおり、俺は時間稼ぎは得意だ。相手が格上でも一人なら逃げ切れる自信はある。


『……え!? い、いきなり命がけで私たちを救おうとしてくれてるよ、この男の子!! いやんっ! ちょっと、大当たり過ぎじゃない!?』


 ふぇ! 急に声が聞こえ、いや、何か頭に直接……別の少女の声が響いてきた!


「……はい、なんて健気な。そして真の男、いや、!! はうぅ~」


 ……き、急に少女が身悶えを始めた! ち、ちょっと!


「何をふざけているっ! フェリエ! お前はこちらへ


 すると少女は身じろぎもせず、ただ顔だけをグルシオへ向け、何かに堪えるようにじっと立ち尽くしていた。


『……どう? リヴィア、大丈夫??』


「……はい、問題ありません。先ほどまでとは比べ物にならないくらい、楽になっています。これならば、やれます!」


 少女はふたたび俺へと視線を向けた。アメジストの瞳に強い意志を宿して。つい先ほどまでの、神々しく清らかな聖女の面差しは消え、まるで歴戦の聖騎士のような、凛とした神威をまとっていた。


「……我が君マイン・リーベ、あなたの剣をお貸しください。そして、グルシオ討伐の命を」


 少女は俺に片膝をつき、両手を差し出す。


「……わかった。でもこれは安物だから、せめてあなたにはこちらを。そしてあの男の討伐を命ずる」


 俺は空間魔法で虚空から一振りの剣を取り出す。


「——空間魔法! ……なるほど、年代物だが手入れの行き届いた“いい剣”だ」


 家を出る時に、父上から頂いた剣だ。詳しくは知らないが、それなりに業物だという。華奢な少女には少し不釣り合いだが、魔闘気を纏った少女はこともなげに剣を2、3度振って、具合を確かめている。


「……なぜ、言うことを聞かん! フェリエ! お前は私の奴隷……ただの性奴隷だろうが!」


「近衛騎士団長グルシオ・バーチェス……いや、もはや騎士と呼ぶには値せぬ……ただの下郎。我が君マイン・リーベの命により、貴様を討つ」


「はっ! 聖女が……剣も持ったことがない小娘が、近衛騎士団長たる私を討つだとぉ!?」


「貴様ごときに、聖女様が自ら手を下すまでもない。貴様を討つは、聖女様に仕えし聖騎士リヴィア・サンクレイドだ!」


『——【魂の幻影ソウルミラージュ】』


 頭の中にさっきの少女の声が響く。すると、リヴィアと名乗った少女が脈打つ紫紺しこんの光に包まれた。

 しばらくしてその輝きが収まると、そこに立っていたのは先ほどの少女より背も高く、女性らしい曲線を描きながらも均整の取れた、すらりとした美少女だった。聖女の白聖衣に身を包んでいるが、その凛とした立ち姿は、神話に出てくる女神エルウェに仕える聖騎士のようだ。


「だ、誰だ……貴様は?」


「二度は名乗らぬよ。もういい、貴様は――死ね!」


 言葉が終わるより早く、少女は地を強く蹴る。空気を裂く一閃の速さで、目前の男の懐へと斬り込んでいった。





――――――――――――――――――――

【あとがき】

 自己満足のために書き始めたのですが、やっぱり『★★★』や『ハート』、『レビュコメ』いただけると、モチベ爆上がりします。少しでもこの物語を面白そうだと感じていただけたなら、よろしくお願いします。


姉妹作「再生の賢者 ~スキルポイント目当てで低級奴隷を漁っていたら、再生の賢者と呼ばれるハメに~」もよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818093084808450847

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