第15話 周りの人

「は……? え? お友達……?」


 何を言われたのかさっぱりわからなくて、玲奈はただただ戸惑った。

 聞き間違いかと思ったが、原田と会ったその瞬間に、イヤフォンは片方外している。

 そもそも、会話が聞こえないほどの大きな音量で最初から聞いていない。


「え? 違った? 一緒に止まったから、ってきりそうかと――……って、あれ?」


 玲奈と話している間に、そのはいなくなっていて、原田は不思議そうな顔をしている。


「いなくなっちゃった。お友達じゃないの?」

「いや、え? 待ってください。お友達? いやその……」


 今さら後を向いても、誰もいない。

 そもそも、玲奈は一人で歩いていた。

 誰かと一緒に歩いていない。


「後ろにいたじゃない。私てっきり、前にお店に来てくれた玲奈ちゃんの地元のお友達だと思って……」

「え!?」

「ほら、玲奈ちゃんと雰囲気が似ていて、シュッとした細い子よ。髪の長い」


 細女だと、玲奈はすぐにわかった。

 原田は、細女を見たのだ。

 典子と同じように、波長が合って、視えてしまったに違いないと。


「……まさか。誰もいませんでしたよ? きっと、何かの見間違いですよ」

「そう……かな?」


 原田は最初は納得がいっていないように首を傾げていたが、ずっと玲奈を見ていたわけじゃない。

 たまたまコンビニから出た瞬間に玲奈の姿を見て、思わず声をかけただけ。


「そうね。もしかした私が急に声をかけたから、一瞬びっくりして立ち止まっただけだったかもしれないわね」


 そういう風に見えてしまっただけなのかもしれないと、その後は別に気にする素振りも見せなかった。

 原田の運転する白い軽自動車の後部座席に乗せてもらい、玲奈はケーキ屋へ。

 そのまま、玲奈はいつも通り仕事をこなして、原田は実里と少しだけ話をして、すぐに帰ってしまった。


「……あれ? 原田さんは?」


 客足が止まった為、実里に訊ねると、原田はシフトの変更の話をしに来たらしい。

 二月はバレンタインがあるが、クリスマスの次期と比べればそこまで忙しくはない。

 二月十四日の午後に原田の母が退院することになり、その後、二週間ほど休みを取りたいということだった。


「手術は成功しているし、そんなに心配しなくてもいいらしいんだけどね。一応、手術ってことは、切ってるわけだからさ」


 原田には二人妹がいて、一人は海外にいる為帰国は難しいが、もう一人の妹はもともと二月末頃から同居することになっていた。

 それまでの二週間、身の回りの世話をする人が必要とのこと。


「まぁ、二週間くらいなら別に大丈夫でしょ。玲奈さんには影響ないから安心して……」

「そうなんですか? それならいいですけど……」


 玲奈にはなんの関係もない。

 いつも午後からシフトが入っている玲奈と違って、原田は午前。

 元から一人くらい休んでも支障はないようにしているため、今の次期、人手には困っていない。


「原田さんに何か用だった?」

「いえ、いいんです。今度会えた時で……急いではいないので」


 玲奈は原田から細女のことを詳しく聞こうかどうか迷っていた。

 あの時は、頭のおかしい女だと思われたくなくて、実は幽霊に自分が憑りつかれているかもしれなないとは言えず、見間違いじゃないかと言ってしまったが……

 接客をしながら、やはり言うべきかどうか……と、何度も考えていたのだ。


 言ったところで、どうなるわけでもない。

 典子も原田も、二人も目撃している人がいるのだから、優奈が言う通り、細女は玲奈の周りをうろついているのかもしれない。

 以前だったら、そんな話は絶対に受け入れられない玲奈だったが、今は自分が憑りつかれたせいで周りの人に何か起こるのだけは避けたいと思っている。


 優奈が言っていることをすべて信じているわけじゃない。

 ただ、大切な自分の居場所を守りたい。

 それだけだった。


 仮に、細女の話を原田にしたところで、原田がどうにかできる話ではないだろう。

 もしそんな幽霊だとか怪異だなんて話をして、母親が怪しい宗教団体の教祖だということが原田に知られたら、この二年一緒に働いて築いて来た自分のイメージが損なわれる。

 変な女だと思われて、態度を変えられたら嫌だなという思いの方が強かった。


 ――この店にも、念のため御札貼った方がいいかな?


 この店も、玲奈にとっては大切な場所だ。

 居心地がいい。

 何より、ケーキが美味しいし、接客は自分に向いている職業だという自覚があった。

 大学を卒業して、聡太と結婚した後もここで働きたい。


 店の北西の壁には、ちょうど額縁に入ったイラストが飾ってあった。

 向日葵の絵ではないけれど、大きさ的にちょうどいい。



 翌日、玲奈は御札を一枚、裏側に貼った。

 

 それから毎日二回、玲奈が言っていた通り御札を貼った向日葵の絵に向かってお祈りをした。

 どうか、片山家を細女から守って下さい。

 細女をどこか遠くに追いやって下さいと、毎日必ず祈った。


 まだどこか本気で信じていたわけではなかった。

 それでもまだ二週間経っていない、お祈りを始めてから七日経った二月十五日――



「え……? 亡くなった? どういうことですか、実里さん。原田さんのお母さんって、手術が成功して退院するんじゃ……?」

「そうよ。昨日退院したばかりだったんだけど……――」


 原田の母が、急死した。


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