雨粒と、君の笑顔。

神田 双月

雨粒と、君の笑顔。

 午後三時。外は土砂降りの雨だった。

 僕――**藤原瞬(ふじわら・しゅん)**は、駅から少し離れたコンビニの軒先で雨宿りをしていた。

 学校帰りにうっかり傘を忘れてしまったのだ。


 「……まったく、今日は最悪だな」


 と、ひとり愚痴をこぼす。

 その時、軒先の端から、声が聞こえた。


 「お、瞬くん! こんなところで何してるの?」


 振り向くと、そこには**先輩・高橋凛(たかはし・りん)**が立っていた。

 制服のスカートは少し濡れているけど、笑顔はいつも通り天真爛漫だ。


 「先輩……!」


 「大丈夫? 傘ないの?」


 「う、うん……忘れちゃって」


 「じゃあ、一緒に入る?」


 凛は自分の大きめの傘を指差した。

 僕は思わず小さく頷く。


 「ちょっと、近いけど……いい?」


 「……あ、はい」


 傘の中にぎゅっと入ると、肩が触れ合う距離。

 心臓がバクバクして、雨の音がやけに大きく聞こえた。


 「瞬くん、雨の日って、テンション下がるでしょ?」


 「まあ……そうですね」


 「私は逆! 雨の日こそ楽しいこと探すの」


 凛はそう言って、濡れた髪を気にせずに笑った。

 その笑顔に、思わず胸が温かくなる。


 ***


 コンビニに入ると、二人で傘を畳む。

 店内は涼しく、コーヒーやお菓子の匂いが混ざって、なんだか落ち着く。


 「じゃあ、何買う?」


 「え、俺?」


 「うん、先輩に選んでほしい」


 「ま、任せてください!」


 そう言って僕が手を伸ばすと、凛がふいに手を重ねてきた。

 「こうやるのよ」と教える彼女の指先が、少し触れただけでドキッとする。


 「……わ、わかった」


 「ふふっ、恥ずかしがらなくてもいいよ」


 選んだのは、チョコレートとカフェオレ。

 雨宿りの間に、二人で小さなレジ待ちの列に並んだ。


 「ねぇ、瞬くん」


 「ん?」


 「このあと、ちょっと散歩しようよ。雨上がりの街、綺麗だし」


 「え、でも濡れますよ?」


 「大丈夫、楽しいほうが勝つから!」


 凛のその言葉に、反論する気が消えた。

 結局、二人で外に出ることにした。


 ***


 雨は小降りになっていた。

 水たまりに映る街灯の光が、まるで映画のワンシーンのように輝いている。


 「見て、瞬くん! 虹、出てるよ」


 空を見上げると、確かに淡い虹がかかっていた。

 凛の手を握ると、少し温かい。


 「……綺麗だな」


 「でしょ? こういう瞬間、逃さないのが私の流儀」


 「先輩らしいな」


 「ふふっ、瞬くんも笑ってる。可愛い」


 顔を赤くした僕に、凛はくすっと笑った。


 「ねぇ、約束しよう」


 「約束?」


 「雨の日も、晴れの日も、こうやって一緒に出かけるって」


 「……はい、約束します」


 僕たちは自然と手を握り直し、雨上がりの街を歩き出した。

 小さな濡れた髪と、甘い匂い。

 雨粒に濡れた街の光景と、凛の笑顔が、胸の奥に焼きついた。


 ――今日という日が、忘れられない一日になった。

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雨粒と、君の笑顔。 神田 双月 @mantistakesawa

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