第14話 リアラの部屋

 マネージャー業務の休みの日。

 俺はリアラに呼び出され彼女のマンションへとやって来ていた。


 午後に入る直前の時間で、天気は快晴。

 突然リアラから用事があると言われたのだが……どんな用なのだろう。


 マンションに入り、玄関口で彼女の部屋番号を押す。

 するとすぐにリアラが応答をしてくれた。


『お兄ちゃん?』


「ああ」


『今開けるね』


 すぐに扉が開かれ、中へと足を踏み入れる。


 大きいマンションではないが、安全面は合格ラインといったところだろう。

 アイドルがオートロックも無いところに住んでたらそれこそ大問題。

 イカレたファンなんかが来たら、簡単に不法侵入できてしまうからな。


 ギリギリ三人乗れるくらいの小さなエレベーターに乗り、リアラの部屋がある階を目指す。

 エレベーターの速度は遅く、これなら歩いた方が速いんじゃないかと思うほど。

 

 リアラが住んでいる三階に到着すると、狭い廊下に部屋が二つあった。

 彼女の住まいは右手の302号室。

 恐る恐るチャイムを鳴らすと、凄まじい勢いで玄関の扉が開かれた。


「お兄ちゃん!」


「おわっ!?」


 部屋からとびっきりの美女が飛び出してきて、俺に抱き着いてきた。

 もちろんその美女とはリアラのことだ。


 俺に抱き着き、こちらの胴を足で絡ませ、身動き取れなくしてから頬ずりをしてくる。


「ちょ、動けない……」


「んふふ、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


「分かった、分かったからとりあえず中に入れてくれ。誰かに見られたら大変だ!」


「私たちの愛し合う姿……確かに見られたら大変! 二人の秘密だもんね」


「違う違う! 見られたら恥ずかしいし、スキャンダルになったらマズいからだよ」


「恥ずかしいのも分かるしスキャンダルになったら問題なのも分かる。でも私たちが愛し合ってるのは事実だから仕方ないよね!」


 いまいち会話が成立しない。

 リアラは鼻が付くぐらいの距離で興奮しており、その甘ったるい匂いに頭がクラクラする。


 しかしとんでもない美人だな……

 見慣れてきたはずなのに、その可愛らしさにはいまだに慣れない。

 これほどの美女が俺のことを好きだなんて……夢じゃないのか?


 俺は深呼吸し、変な気が起こらないように自分を戒める。

 手を出してはいけない。

 いけないことはないけど、手を出したらもう後戻りはできなくなるぞ。


 少しだけ冷静になってリアラの姿を見てみるが……彼女はなんと、エプロン姿ではないか。


「リアラ、エプロンしてるな」


「ああ、うん。裸エプロンの方が良かった?」


「今の会話からどうやったらそんな単語が出てくるんだ!? 俺はそんなの……」


 求めてないと言えば嘘になる。 

 裸エプロンは嫌いじゃない。

 でもしてほしいなんて言ってないし、してもらうつもりもない。


「じゃあお兄ちゃんはどんなのが好きなの? 私、お兄ちゃんが好きな恰好するよ」


「いや、別にしなくていいから」


「高校の時の制服あるけど、どうする?」


「いりません! 普通の恰好でいいからそんなのしなくていい!」


「そうなんだ……普通の私を愛してくれるんだね!」


 目を輝かせ、嬉しそうに笑うリアラ。

 この子はどうも話を飛躍しすぎる。

 誰が愛してるなんて話をしたんだよ。


 リアラはようやく俺から離れ、こちらの手を引いて部屋の中へと入る。

 俺は慌てて靴を脱ぎ、家の中へお邪魔させてもらうことに。


 短い廊下にキッチンがあり、その先にある部屋が一つある。

 後は風呂とトイレしかないらしく、狭い場所であった。


 母親と二人暮らしらしいが、荷物は意外と多くはない。

 少し広めの1ルームで、化粧品などが部屋の隅にあって小さなテレビとテーブルぐらいしか物は見当たらなかった。


 他の荷物はクローゼットの中に収納しているのか、片付いているなという印象を受ける。


「ここがリアラの部屋か……」


「うん。気に入ったら同棲してもいいんだよ?」


「しないしない! というかお母さんもいるんだから、一緒には住めないだろ」


「お母さんだなんて……もう決心してくれたんだね」


「言葉の綾だから! それ以外に意図は無い!」


 息を切らせる俺。

 何を言っても結婚に結び付けてくる。

 マネージャーとして働いている時はまだ常識あるように接してくるが、誰もいない空間ではリミッターを解除して暴走ばかり。

 こんなリアラを見たら、ファンも増えるかも……なんて少しマネージャー視線で見ている自分もいたりする。


「今のリアラの動画とか投稿したら面白そうじゃないか?」


「嫌っ。本当の私はお兄ちゃんの前だけ。お兄ちゃんが知ってたらそれでいいの」


 顔を背けてしまい、リアラはそのままキッチンの方へと歩いて行く。


 キッチンはIHコンロが一つあるだけの狭い場所。

 小さい冷蔵庫があって、その上に電子レンジが設置されている。


 リアラはそのキッチンで何かを作っていたらしく、コンロで作業を始めた。


「何してるんだ?」


「お兄ちゃんに料理を作ってるの。私の料理で胃袋から掴んでいく作戦!」


「作戦なら口にしない方がいいんじゃないかな……まぁ別にいいんだけど」


 鼻歌交じりで調理をするリアラ。

 うん……なんだかちょっと嫌な臭いがするなぁ。

 もしかしなくても焦げてるよねこれ。


「おいリアラ! 焦げてないか?」


 俺は駆け足でリアラに近づく。

 すると彼女は驚いた顔でこちらを見てきた。


「お兄ちゃん、大変……」


「やっぱり焦げてるのかよ」


「お兄ちゃんとの距離によって胸のドキドキが違う!」


「そんなこと今聞いてねえから!」


 嬉しそうな表情をするリアラであったが、焦げている匂いの方を解決しなければ。


 料理はものの見事に真っ黒となっており、何を作っているのか分からないほど。

 家事の心配は無いものの、あまりの光景に俺は唖然とする。


 リアラは何故か俺から離れ、玄関まで移動して真顔で話し始めた。


「お兄ちゃんと離れてたらこんなだけど」


 それはクールぶっている時のリアラの表情。

 それから一歩近づくごとに、彼女の顔は蕩けるようにしてだらしなくなっていく。


「距離が無くなったらこんなになっちゃうよ~。どうしよう。お兄ちゃん大しゅき!」


「何の研究してるんだよ! とりあえず料理の研究をしたほうがいいんじゃないか」


 飼い主に甘え切った猫のように、俺の胸に顔を埋めて気持ちよさそうにするリアラ。

 距離が近づいたらだらしなくなるって、どんな仕組みになってるんだよ。

 

「料理、できないのか?」


「うん。いちゅもママにちゅくってもらってりゅんだよ」


 いつもママに作ってもらってるんだよ。

 と言ってるのだろうが、フニャフニャしすぎて聞き取りにくい。

 甘え過ぎているリアラは可愛いが、このままじゃダメ人間になってしまう。

 そんな危惧を覚えてしまう俺であった。


「俺の胃袋を掴むことはできないみたいだな」


「それは残念。私の頭を撫でてほしい」


「上手くできたから撫でるのは分かるけど、失敗して撫でるのか?」


「うん。失敗したのを慰めてくれたらいいと思う」


 慰めるわりには凹んでいるようには見えないが……

 だが俺は溜息をつきつつ、彼女の頭を撫でることにした。

 特に意味は無い。

 彼女が可愛かったからだ。


「ふにゃ~……幸せすぎて力が抜けていく……」


「おい、リアラ!」


 リアラは腰が抜けたようで、俺に縋りながら倒れてしまう。

 そして足元にしがみ付き、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「お兄ちゃん、ご飯作れなくてごめんねぇ。でも幸せだからそれで良し!」


「良いのはリアラだけだろ! はぁ……昼ごはんどうするんだよ」


「お兄ちゃんが作ってくれてもいいんだよ? 私の胃袋を掴むのも良し」


 何もかもがリアラの都合じゃないか。

 なんて考えながらも、昼ご飯は俺が用意することにした。

 何をしようかな……なんてメニューを思案して楽しんでいたりして。

 リアラといるのは、なんだかんだ言って楽しいのだと何故か実感する俺であった。

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