第3話 剣士の実力(途中から三人称)

 ——人ならざるモノ。

 妖怪、鬼、悪霊……果てには神やら精霊などなど、人間ではないもの、あるいは人間には及ばない、超越した存在。


 といっても実際に出会うことなんて限りなく低い。

 それこそ曰く付きのどこかに行ったりしなければ、宝くじを当てるより確率は低いだろう。


 そんな超絶激レアながら普通の人なら会いたくはない人ならざるモノは——




『——グォオオオオオオオオオッッ!!』




 俺の少し離れたところで威勢よく雄叫びを上げていた。


 公園のど真ん中にいる彼奴の姿形は、超ポピュラーな鬼そのまんま。

 軽く三メートルはありそうな圧倒される隆々とした体躯。額から生えた荒々しい二本のツノ。血が固まったような赤黒い肌。


 正しく——人ならざるモノだ。


「……ほんとにいるのかよ……」


 つーかこんなのが実際にいるって子供が知ったら、節分の日とか震え上がるだろ。


 少なくとも、俺が子供なら一日中部屋から出ない。だって怖いもん。節分豆とか投げても一切効かなそうな見た目してるもん。



 だが——今は違う。



 怯えて逃げるどころか……今直ぐにでも飛び掛かりたい衝動に駆られている。

 自然と笑みが浮かび、闘争意欲に身体が疼いているのが手に取るように分かった。



 ——、と心が叫んでいるのが。



「……全く、俺も酷な性分を持ったもんだぜ」


 ガキっぽい自分自身に呆れる。だが、そんな自分が俺は嫌いじゃない。

 自然と口角が上がる。鬼に向けていた視線は、まるでこちら側から向こう側を隔離しているかのような半透明のドーム型のナニカへ移した。


 えーっと、これは……あー、んー、あの神社の境界に近いモンか……? ……あ、もしかして結界ってヤツか!


 恐らく外と内を隔て、中を見れなくする効果があると思われる結界(仮)。ラノベでは定番の力である。


「…………えい」


 好奇心に負け、試しにそっと触れてみる。

 すると——感触こそ硬いものの、俺が触れた部分から流動的な波紋が生まれた。まるでピンと張った静かな水面に石が落とされたかのように。


 どうやら鬼が騒いでいたのは、人間が近くにいるからではなく……この結界に閉じ込められたせいらしかった。まぁこの結界が自然現象とは考え難いし、俺が見えてないだけで十中八九近くに人間はいるだろうけど。


 さて、ここで疑問が生じる。

 なぜ結界を展開しているにも拘らず身を隠しているのか、という疑問が。


 …………まぁ普通に考えるなら罠、か。


 ただ、それだと誰を標的にしているのかが分からないし、目の前の鬼も結界を展開した側の人間が用意した餌ということになる。


 ……鬼をペットにしてる奴なんかいんの? 飼い主になった途端握り潰されるだろ。


「……あぁ、めんどくさい。分かんないことが多すぎてめんどいな全く」


 ガシガシ頭をかき、思考を放棄すると。




「——来てくれ、相棒」




 眼前に手を伸ばし、呼び掛ける。

 それと同時——俺の手に握られた、鞘に収まった一振りの刀。

 その刀は所謂大脇差と呼ばれる刃渡り六十センチ未満のもので、一般的に知られる太刀や打刀に比べれば少し頼りなくも感じる。


 だが俺にとっては——この世の何よりも頼りになる自慢の愛刀だ。


 これこそ、俺がファンタジーを信じるようになったもう一つの原因であり——我が家に代々伝わる業物の刀。



 銘を——『村正』という。



 俺はゆっくり愛刀を鞘から抜く。

 白く輝く刀身は、思わず息を呑んで見惚れてしまうほどに美しかった。


「……相変わらず綺麗だな」


 腰に鞘を括り付けながら呟き、そっと構える。

 もちろん斬るつもりである。


 だって、どうせこのまま考えていたところで答えは出そうにないのだ。

 それならば——いっちょ相手の思惑に乗ってみるのも悪くない。ほら、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うしさ。


「相棒、準備はいいか?」


 俺は何万と問うた言葉を愛刀に投げ掛ける。

 そんな俺の言葉に対して、刀身に妖しげな輝きをたたえた愛刀は独りでにカタカタと震えることで答えてくれる。更に『早く斬ろう』と言わんばかりに急かしてくるではないか。


「奇遇だな、俺も同じ気持ちだよ」


 俺と同様に欲求に疼く愛刀の姿に苦笑を零す。


 傍から見れば物に話し掛けるヤバい奴にしか見えないだろう。というか俺なら絶対ヤバい奴だと思う。


 ただ——今更やめるつもりはない。


 そもそもウチの愛刀には不思議なことにしっかりと自我があり、オマケにある程度の意思疎通まで可能なのである。

 なので愛刀は独りだったあっちの世界での唯一の話し相手であり、愛刀を使う時は必ず会話する癖が出来てしまったのだ。もはやただの刀と使用者ではなく、生涯の親友と言ってもいい。


 ——とまぁそんなことはさておき。

 

「んじゃ、やろうか」


 俺は刀を構える。

 構えは、上段構え。


 変に気負う必要はない。


 千年と過ごしたいつもの通りに。

 あの鍛錬に明け暮れた日々に握った時と同じように。




 ——目の前のモノを斬る。




 ただそれだけを求めて、俺は愛刀を振り下ろした——。










「——先輩、あの子何をしているんですかね?」


 明るい茶色のボブを揺らしたスーツ姿の女——『異能操作課』所属、期待の新人と呼び声の高い異能者、春波はるなみゆい——は、少し離れた場所で剣司の様子を眺めながら首を傾げた。

 

「というか、どうして私の異能があるのにここに来れたんですかね? 私の異能って結構優秀なはずなんですけど……」


 結が疑問に思うのも仕方なかった。

 本来結の異能——【私の世界マイ・ワールド】という指定した範囲内を異界とする力によって、異界内部の情報は外から認識出来ないはずなのだ。内部を認識できるのは、使用者である結と彼女が触れている者のみ。


 また人間は、『異界』というこの世のモノではないモノを忌諱し、本能的に避ける傾向にある。実際結が異能を発動した際に人はおろか動物でさえ近づいてくることはなかったほどだ。



 しかし——その前例を全て無視する存在が現れてしまった。



 その存在こそ、村正剣司……昨日『剣神ノ鳥居』から出てきた謎の人物である。

 この偶然という言葉では片付けられない事態に、結の隣でジッと剣司を観察していた同じく『異能捜査課』所属の異能者——夏目なつめ慧一郎けいいちろうが難しい顔をしながらタバコを取り出し……。


「あ、路上喫煙は駄目ですよ」

「……これがないと頭が働かねぇんだよ」

「でも駄目なものは駄目です。そもそも私達公務員が法律破ってどうするんですか」

「……はぁ、わーったよ」


 慧一郎は結に指摘されて渋々タバコを箱に戻しつつため息を付くと……顎に手を当てて思考を回す。


(誰か近付いてくる気配があったから咄嗟に隠れたわけだが……まさか昨日の今日であの坊やに出くわすとはな。色んな意味で春波が驚くのも無理はねぇ。しかも明らかに春波の異能を認識してやがる——)


 そこで思考が途切れる。

 いや、中断させざるを得なかったと言ってもいい。


「せ、先輩、あの子いきなり剣を出しましたよ!? しかも何もないところから!」

「揺らすな、俺もちゃんと見えてるから。あと剣じゃなくて刀な」

「そんなのどっちでもいいです。問題はあの明らかにヤバそうな剣が突然現れたことです!」


 焦燥に表情を崩す結の姿に『だから剣じゃなく刀だっつってんだろ……』なんてぼやく慧一郎だったが、結同様あの刀の醸し出す恐ろしい気配に表情を固くすると。


「……【抗う目レジスタント・アイ】」


 自身も異能を発動する。

 途端、慧一郎の視覚が拡張されたことにより視界は遥かに緩慢になる。


 その現象は——リミットを解除した剣司の視界に酷似していた。


 違いがあるとすれば、鍛錬の末に自身の身体能力の拡張によってか、異能という超常的な力を使ってかという過程だけだろう。

 だが、それ故に慧一郎のこの力にはデメリットがあった。


(チッ……相変わらず頭がいてぇ……だからタバコが欲しいんだ)

 

 ——頭痛を伴う、というデメリットが。 


 しかし、剣司が千年近くの年月を賭けて習得した視界を、一切の鍛錬もなしに頭痛というデメリットのみで使用できると考えると破格の力と言えるだろう。異能と言われるのも納得である。


 そんな異能を使用した慧一郎は、時に抗いコマ送りとなった世界で剣司の動きに注視する。

 剣司はまさか観察されているとは微塵も知らず、上段に刀を構えると——





 次の瞬間には——刀の切っ先が地面スレスレで停止していた。




 

「あ、あれ? 剣が振られ……あれぇ?」


 結が戸惑いの声を漏らす。

 彼女の視界には、剣司が頭上付近に刀を構えたと彼女が認識した時には——既に刀は振られていたように映っていた。


 つまり、刀を振るという中間動作が抜き取られ——という結果だけが存在しているように見えたのである。


 一方、異能によって極限まで視力が上昇した慧一郎はというと……。





「————綺麗だ……」




 

 頭痛も己の役割も忘れ……ただ自らの目に映った光景に見惚れていた。


(な、なんだあの動き……洗練されてるなんてレベルじゃねぇ……ッ! 完成されてやがる……無駄が一ミリたりともない。オマケにこの俺の目にも……ッ!! 自然に、全てが一つの動きみたいに振りやがった……!! あんな綺麗な一太刀、見たことねぇ!!)


 仕事柄、剣や刀、包丁などなど……刃物を扱う人間をごまんと見てきた慧一郎だが、剣司ほどの使い手をただの一度も見たことはなかった。


 ——正に神業。人間が辿り着ける境地を遥かに超越していた。


 しかし、彼らの驚愕はこれで終わらない。

 いち早く異変を感じ取ったのは——食い入るように剣司を見つめていた慧一郎だった。


「——ッ、春波、お前の異能が破られるぞ!」

「えっ? ま、またまた〜御冗——ぎょえええええええっ!?!?」


 危機感を募らせた慧一郎へとニヤニヤとした笑みを向けていた結。だが、自らの世界の此方の世界を分ける境界壁が真っ二つに斬れた光景に……大人にあるまじき情けない絶叫を上げて驚愕する。


「せ、せんぱぁ〜〜いっ! ど、どどどうしましょう! わ、わわわ私の異能が強制解除されたんですけどぉ!」

「んなこたぁ見れば分かる! 相変わらずうっせぇな、ちょっと黙ってろ!」

「いったぁいっ! なんでデコピンするんですかぁ!」


 涙目、というより涙を流す結にデコピンをかました慧一郎は、彼女の抗議も耳に入らないほど必死に頭を回す。


(くそっ、マズいことになったッ! このままじゃあアイツはあの鬼——鬼に変貌した人間を斬っちまう……!)


 そう、剣司が鬼だと思っている生物は——実は人間だったのだ。


 最近異能捜査課を悩ませている『連続人体改造事件』の被害者。慧一郎達のような異能による変化ではなく、悪質な人体実験による変貌。

 更に付け加えるなら、人体実験の被験者は……どれも家出や孤児といった身寄りのない少年少女であった。


 つまり剣司があの生物を斬れば——彼は殺人を犯したことになってしまう。


(——それだけはダメだ……ッ! アイツを、罪のない若者を殺人犯なんかにさせてたまるか……ッッ!!)


 慧一郎はその一心で叫んだ。




「——待ってくれ、頼む!! どうかソイツを斬らないでくれ!!」

「!?」




 こうして剣司は、世界の真実への扉をくぐったのだった——。

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