第6話「世界が終わりが始まりを迎えた件について」

 ――空が、光っている。


 朝でも夜でもない、時間の境界みたいな色。

 ユグドラシルの枝が、ゆっくりと空を覆いはじめていた。


「ユグ……これ、なにが起きてるの?」


「惑星ノ再吸収プロセス、カイシ」


 ユグの声は穏やかで、まるで子守唄みたいだった。

 でも、その声を聞くだけで、背筋の奥が少し震えた。


「……星が、吸われてる?」

「ハイ。エネルギー、再循環。セイジョウナ、現象デス」


 正常。

 ――この言葉、もう何度聞いただろう。


 空が、流体みたいに揺れていた。

 青と白が混ざり、まるで液体の空。

 ユグドラシルは星そのものを抱きしめるように広がっていく。


 街の残骸が光に変わり、風が消え、地平線が溶けていく。

 音がどんどん遠くなって、

 自分の呼吸さえ聞こえなくなった。


「ユグ……君は、怖くないの?」

「ワタシハ、恐怖ノ定義ヲ、理解シテイマセン」

「じゃあ、寂しい?」

「……アヤフヤ」


 アヤフヤ、か。

 らしい答えだ。


「じゃあ、ボクが決める。

  その気持ちは、きっと“愛”だよ」


 返事はなかった。

 でも、ユグの光が一瞬だけ強く瞬いた。

 それが、笑ったように見えた。


 世界がゆっくりと傾いていく。

 空が落ち、海が浮かび、

 すべての境界が溶け合ってひとつになる。


 重力が消えて、足元の感覚がなくなった。

 浮かんでいるような、沈んでいるような。

 ただ、心だけは穏やかだった。


「ノア。終ワリト、始マリハ、同時ニ存在スル」

「うん……君の言葉って、いつも詩みたいだね」


 世界が崩れていくのに、怖くなかった。

 むしろ、懐かしささえ感じた。

 もしかしたら、僕は最初からこの瞬間を知っていたのかもしれない。


 光が溢れる。

 視界が白く染まる。

 輪郭が消えていく。


 ユグの声も、風の音も、すべてが薄れて――

 ただ一つだけ、別の声が届いた。


「……ありがとう」


 それは、ノア・リンクの声だった。

 遠い記憶の奥から、やさしく響いてくる。


 僕は目を閉じたまま、微笑んだ。


「ありがとう」


 声が重なる。

 まるで、二人の“ノア”が同時に存在しているように。


 光が弾け、世界が崩れる。

 けれど、その崩壊は恐怖じゃなかった。

 春の日みたいに、あたたかかった。


 ユグドラシルの枝が惑星を包み込み、

 大地も海も空も、光の海に溶けていく。


 鼓動が、ゆっくりと止まる。

 風も、音も、時間も止まり、

 ただ、やさしい静寂だけが残った。


 ──どれくらいの時間が経ったのだろう。


 光は冷え、欠片は宇宙を漂い、

 やがてそれらが集まって、新しい星が生まれた。


 その星に海ができ、空ができ、風が吹く。

 そして、初めての生命が誕生した。


「……オカエリナサイ」


 風がそう囁いた。

 世界が、まるで笑っているように感じた。


 ああ、これが――始まりなんだ。

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