第1話「寝過ごしたら千年後の世界で、世界が滅びかけていた件について」
――目を開けた瞬間、世界が静かだった。
天井の白い光。
エアコンの音もしない。
代わりに、風が頬をなでるように通り抜けていった。
「……んー、電源落ちた? まあいっか」
軽く伸びをする。
体がやけに軽い。寝起きとは思えないほど、頭もすっきりしていた。
机の上には書類とマグカップ。
どれも昨日のまま――のはずなんだけど、窓の外が違っていた。
ガラスの向こうに広がっていたのは、見たこともない緑の海。
木々が風に揺れ、光がゆらめいている。
どこまでも澄んだ空気。まるで、世界が新品みたいだ。
「……え、ここどこ?」
寝ぼけてるのかと思って、頬を軽く叩いた。
ちゃんと痛い。夢じゃない。
「まあ、面白い夢ってことにしておこう」
ひとりごとの癖は、昔から抜けない。
そのとき、空気の中に音が混じった。
「オハヨウ、ノア」
機械的なのに、どこかやさしい声。
「おはよう……って、誰?」
「ユグドラシル。カンキョウカンリAI、デス」
AI? なんだかゲームのチュートリアルみたいだ。
「環境管理……ってことは、ここ、研究所?」
「ハイ」
返事は短く、感情はない。
でも、会話できるなら寂しくないな。
「それにしても、いい空気だなぁ。地球も本気出せばやるじゃないか」
「……チキュウ、デス」
少し間を置いて返ってくる声。
不思議と安心する響きだった。
「ねぇユグ、ボクどれくらい寝てた?」
「センネン」
あっさりとした答え。
笑うしかなかった。
「千年!? それは……すごいな。人類最長の昼寝記録更新だよ」
ユグは何も言わない。
僕の冗談に反応しないのは、いつものAIっぽくてちょっと落ち着く。
「でも、不思議だな。体は元気だし、空気もうまい。夢でも悪くないな」
窓を開ける。
風がふわっと流れ込んでくる。
遠くで、光が揺れた。巨大な樹のような影が見える。
「……綺麗だな」
その一言が、思わず漏れた。
怖いより、綺麗が勝つ。
そういう性格に生まれて(もしくは作られて)よかったのかもしれない。
「ユグ、これからどうすればいい?」
「アナタノ、スキニ」
それは、自由というより放任に聞こえた。
けれど、悪くない。
「じゃあ、まずは……二度寝、かな」
椅子に座りなおして、背をあずける。
窓の外で風がゆるやかに流れている。
機械の唸りも、時の音もない。
「うん……寝坊は得意なんだ」
そう言って、目を閉じた。
柔らかな光が頬を照らす。
どこかでユグの声がかすかに揺れた気がした。
「……オヤスミ、ノア」
聞こえたような、聞こえなかったような。
そんな曖昧な音を最後に、意識が静かに沈んでいった。
――そして、僕はもう一度眠ることにした。
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