寝過ごしたら千年後の世界で、世界が滅びかけていた件について
蒼架
プロローグ 夜の研究棟には雨の音だけが…
雨の音が、夜の研究棟を優しく包んでいた。
壁一面のモニターが淡く光を放ち、
無数のデータが画面の上を流れていく。
空調の低い唸り声と、キーボードを叩く音。
そのすべてが、ノア・リンクの日常だった。
「……あと、少しだけ」
指先が静かに動く。
黒い画面の上で数式が光り、波形が整っていく。
彼の瞳には疲労の影があるが、その奥に熱が宿っていた。
ノア・リンク――
量子情報研究所の主任研究員。
人間の意識と記憶を解析し、
“心”のデータ化を目指すプロジェクトの中心にいる。
壁際の時計は午前二時を回っている。
白衣の袖にはコーヒーのしみ。
机の上には書きかけのレポートと、空になった紙コップ。
窓の外では、街灯の光が雨粒に滲んで揺れていた。
世界は静かで、どこか夢のようだった。
「……結局、今日も帰れなかったな」
ひとり呟いて、ノアは深く息を吐いた。
彼の髪は少し乱れていて、前髪の隙間からのぞく目が、
どこか遠くを見ているようだった。
研究室の片隅では、白い端末が小さな音を立てて点滅している。
まるで彼の言葉に反応したように。
「……」
ノアは首をかしげ、苦笑する。
「こんな時間に、誰が起きてるんだろうな」
返事はない。
ただ、機械の光がゆっくりと点滅を繰り返す。
彼は椅子に深く背を預けた。
視界の端で、モニターの光が揺らめく。
それが、夜の波のように彼の意識をさらっていく。
まぶたが重くなり、世界がゆっくりと遠ざかる。
最後に見えたのは、自分の名前が刻まれた名札。
「Noah Link」
白衣の胸元に輝くその文字が、
やがて光に溶けて消えていった。
――雨の音が止んだ。
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