山の鬼の子
のつわた
山の鬼の子
裏の山には鬼がいる。
見つかりゃペロリと食われちまう。
……私が育った田舎では、そんな話をよく聞いた。
「夕方までには、帰ってくるのよ」
「分かってる」
どんな話を聞いたとしても、
言われた仕事は、しなくちゃいけない。
勝手の知れた山道で。
出会ってしまった、一匹の鬼。
私は本当にびっくりした。
悲鳴も上げず、逃げもしない。
だってそんなの、意味がない。
見つかりゃペロリと食われちまう……。
聞いた話が、頭ん中をグルグル回る。
「君、僕が怖くないの?」
「へ」
良く見りゃ、そいつは小鬼だった。
背丈は、私と変わらない。
それでも、怖くないはずはない。だけど……。
「怖くなんか、ないっ!」
半ば意地で、言い切った。
「こわくない……? そっかあ」
鬼の子は、嬉しそうに笑い、手を差し出す。
「じゃあ、友達になってくれる?」
差し出された指の先、
尖った爪が、きらりと光る。
私は無言で、その手を掴んだ。
また明日、ここで会おう。そう言って、去ったけど……。
明日、私が行かなければ、どうなるだろう。
怒って村を襲うかもしれない。
こわい。こわい、こわい。
*
それから毎日、山に通った。
彼からは、美味しい果物を教えてもらい、
私は、村に伝わるうたを教えた。
嘘みたいに、穏やかに過ぎて行く日々。
だけど……。
「また鬼が出たぞー!」
「かわいそうに、まだこんなに小さいのに……!」
村にいると、そんな話が聞こえてくる。
あの鬼の子ではない、別の鬼のシワザだろうか。
それとも、いつかは食おうと狙われているのか。
分からない……分からない。
ただ、怖い。
「もう私、ここには来ない」
そう言うと、笑ってた鬼の子は、不思議そうに、じっと見る。
「どうして?」
「私、嘘ついてた。ずっと、あなたが怖かった!
だから、もう来ない。もう遊ばない」
「そっかあ。
ごめんね。僕、全然気づかなかった。ずっと一人で、寂しかったから」
鬼の子は、笑う。涙を流して、笑う。
「一緒に遊べて、嬉しかった。でも、もう会わないよ。ごめんね」
そう言って、鬼の子は姿を消した。
最初から、私しかいなかったみたいに。
ごめんね、ごめんね……。
*
あれから、どれほど経っただろう。
鬼の襲撃は、ぱったり途絶えた。
山に鬼がいるなんて、今の子達は信じないだろう。
平穏に流れる時の中、ふと振り返る。
二人で食べた、果実の甘さ。
二人で歌った、うたの響き。
友と過ごした、あの日々を。
山の鬼の子 のつわた @ntwt556
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