飾られた死装束

三日間。それは、死刑執行までの猶予期間に他ならなかった。


兄が去った後、どれくらいの時間、冷たい石の床に蹲っていたのだろう。感覚が麻痺して、時の流れさえ分からなくなっていた。私の意思とは無関係に、世界は残酷なほど正確に動き始める。


これまで私の世話など最低限しかしてこなかった侍女たちが、まるで操り人形のように次々と現れた。彼女たちは私に話しかけはしない。ただ、「ああ、髪が傷んでいる」「肌が荒れているわ」と、品定めするような視線を投げかけながら、私の体を物のように扱った。


熱い湯を張った湯船に沈められ、花の香りがする油で磨かれる。手足の爪は綺麗に整えられ、髪には栄養を与えるという高価な香油がたっぷりと塗り込まれた。まるで、神殿に捧げられる供物のように、私は念入りに清められていく。


「さあ、エリアーナ様。こちらにお着替えを」


差し出されたのは、私がこれまで一度も袖を通したことのないような、豪華絢爛なドレスだった。深紅の絹地に、金糸で緻密な刺繍が施されている。アウレリア王国の象徴である、太陽の紋章だ。


皮肉なものだ。生涯で最も美しいであろうこのドレスが、私のために用意された死装束なのだから。


侍女たちの手によって、コルセットがきつく締め上げられる。息が詰まる。鏡に映ったのは、血の気の失せた青白い顔をした、見知らぬ誰かだった。着飾られた人形。魂だけが、そこにはない。


この三日間、父も、母も、他の姉妹も、誰一人として私の前に姿を見せることはなかった。彼らにとって、私はもう存在しないのと同じなのだろう。いや、あるいは、最初から存在などしていなかったのかもしれない。


旅立ちの日の朝、空はまるで私の心を映したかのように、重たい灰色の雲に覆われていた。


城の中庭には、一台の巨大な馬車が停まっていた。黒曜石のように艶やかな漆黒の車体に、ドラグニア帝国の紋章である、翼を広げた竜が金色で刻まれている。それを引くのは、馬ではない。爬虫類のような硬い鱗に覆われた、巨大な四足の獣だった。その獣が吐き出す息が、白い霧となって朝の冷たい空気に溶けていく。


まさに、地獄からの迎えのようだ、とぼんやりと思った。


「……務めを果たせ」


見送りに来たのは、またしても兄のアルフォンスだけだった。その声には、一片の情も含まれていない。彼はただ、厄介払いができてせいせいするといった顔で、私を一瞥しただけだった。


私は何も答えなかった。答える言葉も、資格も、もう持ち合わせていない。


騎士の一人が、無言で馬車の扉を開ける。その奥は、深い闇が口を開けているように見えた。


私は、ゆっくりと一歩を踏み出す。断頭台へと向かう罪人のように。


ドレスの裾が、中庭の冷たい石畳を擦る音が、やけに大きく響いた。これが、私が故郷の土を踏む、最後の音になるのだろうか。


震える手で、大切に抱えていた小さな包みを握りしめる。中身は、一冊の古い本。あの書庫から、唯一持ち出すことを許された、私のたった一つの宝物。


表紙に描かれた、悲しい目をした竜。


――これから、私はあなたの国へ行きます。


心の中で、そう語りかけた。


返事は、ない。当たり前だ。私は自嘲の笑みを浮かべ、馬車の中へと身を滑り込ませた。


重い扉が閉められ、カチリ、と無慈悲な錠の音が響く。視界は完全に闇に閉ざされた。やがて、大きな振動と共に、馬車がゆっくりと動き出す。


ガタン、ゴトンと響く車輪の音だけが、私の耳に届く世界のすべてになった。生まれ育ったアウレリア王国が、私の背後で静かに遠ざかっていく。涙は、もう出なかった。

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