晴れの大地-②

北海道・十勝地方。


日本で3番目、埼玉県全土と同じ面積の大きな平野部に30万人もの人間が住んでいる。

そんな十勝地方中央部・音更町おとふけちょう

駒場地区・中音更と呼ばれる閑静で人通りも少ない農園地帯。


私はここで生まれ育った。そして私は、ここに帰ってきた。


広大な農地は地元の若者が引き継ぐことになった。若者は私に地代を払う。それでも月10万円ほどであり、父から譲ってもらった車の維持費と、普段の生活と少しの外食でなくなってしまう。

車は売ればいいと思われるかもしれないが、バスも1時間に1本くれば良い方のここで車を売却するなど、仙人になるか自殺の予兆か、といったところである。

しかも冬になると凍結路でバスの動きものろくなる。

車がない生活なんて考えられないのだ。


音更に戻ってから、親父が残していた大きい車-スバル・アウトバックは売却し、家には軽トラ一台だけとなった。

エンジンをかけるとエンジンからカラカラと音がするので、昔からこの車を私と親父は「カラカラ号」と呼んでいた。

走行距離25万キロ。どうしてこの車が未だに車検を通り続けているのか不思議で仕方がないが、維持費も安いのでこの車に乗ることにしている。

スバル・サンバー。親父が大切にしていた「農道のポルシェ」に乗って、私は父親の遺品を整理していった。


親父が好きだった焼酎は私が大切に飲む。大きな家具や不必要なものはすべて売ったり、ご近所に譲ったりした。


「あら、豊原さんちのせがれじゃないか!こっちに戻ってきたとは聞いてたけんど」


「ええ、生前は親父がお世話になりました」


こうして親父の生前の友人に、親父のものを見せて、譲っている。






「……親父、昔バイク乗ってたんだ」


一枚の写真が押し入れから出てきた。これは多分、本土最東端・根室の納沙布岬だろうか。昔のバイク-もう型式もわからないが-にもたれかかって決め顔をしている、若い頃の親父だ。

もう30年も前の写真だろうが、押し入れの中に入っていた六花亭の古いカンカンに、それが一枚だけ入っていた。

そんなこと知らなかったし、言ってくれなかった。


私が大学生の時、札幌で中型バイクの免許を取ったときだって、


「おお、そうか。よかったな」


としか言ってくれなかったのだけれど。


「会話、しときゃよかったかな……」


押入れをもう少し覗いてみると、六花亭のカンカンがもう2箱くらいあった。

それを引っ張り出して中身を開くと、若かりし頃の、バイクに乗っていた親父の姿があった。

私の知らない、バブル期を高校生として駆け抜けた親父だ。


「……これは」


母親と二人で写っている写真もあった。

恐らくニケツしていたのだろうか。おそろいのヘルメットを被って、層雲峡の前でまた決めポーズをしている。


「母親の若い頃の顔なんて初めて見たな……いいや、二回目か」


私に母親はいない。私が物心つく頃にはいなかった。

「あいつは都会が好きだったからな」。親父が昔に、そう言っていた気がする。

札幌で他に男を作って、私を置いて出ていったそうだ。札幌で家族を作ったそうだが、その後については知らない。



「授業参観来ないでよ。一人だけ父さんなの目立つし」


昔、中学生くらいの時、私は農作業終わりの泥のついた服で授業参観に来た親父にそう言い放ったことがある。

親父は少し黙って、「すまんね」とだけ言った。

「……何か言い返してみろよ」。私がそう挑発しても、親父は何も言い返さなかった。

その日、親父いつものように焼酎を流入させて、机に突っ伏して寝ていた。

突っ伏した親父の机には、古い黄ばんだ写真が一枚置いてあった。



私が親父に反抗したのはそれきりだった。

親父が威厳のある「父親」ではなく、れっきとした一人の「人間」であることを認識したからだ。


「バイク、か……」


その日から一ヶ月くらい、私は起きてから寝るまでずっと、北海道内のバイクショップをネット上で漁り続けることになった。


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・北海道音更町

北海道十勝地方中央部にある街。人口は4.2万人。隣接する帯広市のベッドタウン・食料自給率1000%を越えると言われる十勝地方の農業地帯・十勝川温泉の温泉郷 の3つの側面を持つ。北海道内の町村で1番人口が多い。地元民(作者の周り)では「そろそろ市政を施行する」との噂が絶えない。絶対にそんなことはないとされている。





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