第16話 第一部 了 第二部 七人岬編へと続く

 夏休みが終わって運動会、十五夜豊年祭、九月九日祭、学習発表会などの行事が目白押しだった二学期も終わり、修行と行事でヘトヘトのボロボロの年末がやってきた。


 新年を祝うなんて何年もしていないオレは頂いた正月休みの使い方、過ごし方が判らなくてオロオロしていた。なんせ大学の四年間は一日たりとも家に帰らせてもらっていない。そして卒業と同時に影間島。


 キビトが「オイラにまかせろ」といろいろ紙に書いてくれたが、書かれている事が難解過ぎて諦めてしまった。


『ヒムン、シュームリの後サンゴン。サンゴンはティーチ、ムチズイムン ターチ、ソージ ミーチ、シンカン。セヘはカラカラ』


 何の暗号だよ! わざとだろ!

「早く島言葉覚えろよ」だと。


 結局大量の肉と大量の肉と大量の肉をリンの指示で買い出し、大量の酒と共に腹に納めるだけの正月になってしまった。


 修業が無ければ実家に帰るという選択もあったのだが、それはリンが許さなかった。

「あんたみたいな弱虫は実家になんか帰っちゃダメ! もっと弱っちくなっちゃうわ」とか何とか言っていたが、どうだか。


 自分の帰る先が無くてオレを引き留めたんじゃなかろうか。なんせオカマの大男だ。帰る方も迎える方もいろいろギクシャクするだろう。


 ま、人それぞれデリケートな問題はあるだろうが、今のオレにはまだ自分で自分の明日を切り拓く力は無い。周囲の『善』の流れに身を任せていようと思う。だからリンがオレのため、と言えば「はいはい」と文句を言わず従う。

 これもまた『素直』って事でいいだろう。


                  *


 三学期が始まり、同時に冬に突入した。


 ここは南の島。長~い夏と秋が年末まで続き、年が明けると短い冬がやって来る。真北(ミーニシ)の風が吹き、体感温度もグンと下がる。


 リンは「やっと修行らしい季節になったわね」と大喜びだが、こちらは堪らない。寒さで夏の何倍も体力を奪われる。

 体力作りで体力を消耗し、精神力修行で意識を失う。


 帰ったら三人分の飯作り。キビトもいっちょまえの量を喰らうから、手間と食費を考えて毎日鍋だ。なんでもかんでもぶちこんでキビ酢ポン酢でザクザク喰らう。


「あら、これおいしいわね」なんてリンがほざくが、ポン酢が旨いんであって何を食っても味は同じ。バカ舌でよかった。


 修業は苛烈を極めた。


 飛んだり跳ねたり走ったり持ち上げたり潜ったり転がったり殴られたり蹴られたり歌ったり踊ったり……。


 ガンガン食ってガンガン寝て、体に力を溜めて行く。


 リン曰く『結界』『破魔』『降魔』『調伏』の四つのカリキュラムも順調に消化しているそうだ。


 覚える作法は無限にある。有るにはあるが、料理と同じでコツさえ掴めば吸収は早い。相手によって塩梅あんばいを変えるのも料理と一緒だ。自然に覚える。


「とりあえず三級の推薦状を出しといたから」

 年度末に近い三月、リンが言ってきた。三級に試験は無い。殆ど推薦で決まる。


 しかし生死にかかわる免許なのでおいそれとは推薦しない。また免許取得後の行動によっては推薦した一級以上の退魔士の名誉を傷つける事もあるので、本当に信頼できる者にでないと推薦状は出さない(そうだ)。


「あんたならすぐに二級にも上がれるから頑張んなさいよ」

 三級はいわば仮免許だ。一級以上の実力者とでないと退魔は行えない。二級になれば単独での活動ができる。オレの今の状況を考えればなるべく早く二級を取得する必要があることは明白だ。


『師』ではなく『士』である。一応国家試験のはずだが免状は発行されない。

「登録しました」と教えられるだけ。

 まあそうだろう。そんな免許どころか認定しているBSEの存在すら世間には公表されていないのだから。


「三級受かりますかね」

 受験のシステムすらきちんと把握できていないのだから、オレが気にしてリンに尋ねるのも当然だと思うのだがリンは、「あったりまえでしょ!」としか言わない。


 オレの実力が「あったりまえ」のような言い方には聞こえない。

「私が推薦したんだからあったりまえ」のような口ぶりだ。


 気になって何度かしつこく繰り返し聞くと、

「自慢じゃないけど(自慢に決まっている)私は特級退魔士免許保持者よ!」とキレた。


 げ、日本に三人しかいないと言われている(リン情報)特級免許を持つ人間の一人がリンだとは。道理で何につけても自信満々なわけだ。


「校長は?」

「あはは、あれは二級止まり。もうほとんど経験も積めないでしょ」

 二級以上は経験がものをいうらしい。


 聞いたことは無いがリンは三十歳前後に見える。それで特級とはいったいどんな経験を積んできたんだろう。


 『かざし手』と呼ばれる肉体修復の術もかなり強力なものを持っている(オレにはほとんど使ってはくれない。使うとものすごく消耗するんだとか)のに、左肩から右脇腹にかけて大きな傷が残っている。

 それも体の前後にだ。まるで袈裟がけに切られた跡のように見える。かざし手では修復の効かない傷を負わされたということか。


 リンは壮絶であったであろう過去の経験をほとんど語らない。本当に大事な事は態度と瞳で語る感じだ。それが分かってからオネエ言葉でどんなにギャンギャン喚かれてもそれ自体にイラつく事はなくなった。


 長い長い一年が終わろうとしている。


 短い春休みが明ければまた新たな一年が始まる。


 リンもBSEに戻った。


 影間島というフィールドだからこその出会いを果たし、森の精霊(?)キビトを良きバディとし、守るべき弱い命を与えられ、力の化身のような守護者の導きによってオレは多少強くなれた。


 抱えている問題がすべてクリアになるのはまだまだ先だろうが、それらの問題を一つずつ片付けていくのがオレのこれからのライフワークになるだろう。

 大きな意味での修行の続きと考えてもいい。すべての『善の波動』を『空の心』で取り込み、素直に対処していこう。


 卒業生の居ない三学期終業式。式次第すべてが終わり、児童・生徒はおのおのの教室に帰っていった。


 アカギの大木の下でひとり爽やかな風に身を任せていたオレの元に、ぷうが風に乗って現れた。


「先生、あと一年よろしくおねがいいたします」ペコリと頭を下げたぷうは急に大人びて見える。

「こちらこそ」


 蛇に見込まれたばかりに普通の女の子とは少し違う人生が待っている可愛い女子中学生。


 オヤジのブルースが頭の中に溢れる。

 守るべき者のために口ずさむ。


風は息           Wind is brow

虚空は心          The void is heart

陽はまなこ         Sunshine is eyes

海山越して         Over the ocean

       Over the mountain

あびらうんけんそばか    Oh my god please

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