第11話 レオニスの思惑

「まあ、朝が弱い姐さんは、知らないかもしれないけど、実は適任が一名いる」

 私の朝は夕方なので、本当の朝は詳しくない。

「誰の事かしら?」

「サンド商会の若い奴」

「ああ、ウチから、宝石とかを買い取りに来てる…」

「サンド商会ってのはさ、叔父の会社なんだよ、ちっぽけだけどね」

「つまり、ロゼの顔見知りってこと?」

 私がそう言うと、レオニスは頷いた。

「その少年の陰に入ってくれないか、姐さん」


(そもそも、これって思い付きじゃないじゃないの!)

 という思いを飲み込んで、彼に話の続きを促す。

 すると、改めて用件をと言って話し始めた。

「1.明日朝にくる、サンド商会の奴と接触して、姐さんは影に入る、精神支配でも構わない。2.ロゼを連れて、水龍祭を見学に出かける。3.水龍の巫女のコンテストの参加をロゼに係が打診するから、ロゼに参加を促す。4.あとは、ロゼの気持ちが変わらないようにロゼと二人で水龍祭を楽しんでくれ」

 どう考えても、ずっと練った案よね。

「お願いできるよね、二日の昼間の護衛」

 なにが、『お願いできるよね』ですか。

 簡単な仕事じゃないの、多分眠いけれど。

「まあ、その程度なら、眷属で十分だけど、副都市長のたっての頼みなら、それより報酬は?」

「三か月で頼むよ」

「1年にならない?」

「ならない、その結果次第で、一か月追加」

「ケチね、わかったわ」

 他者にはわからない契約が今成立した。盟約は絶対守られてきた。


「まあ、ハーディのやつ、私が思う以上に使えるかもしれないね」

 レオニスは拳を前に突き出して見せた。

「あ、あの空駆術ね」

 さっき、ここで水平に跳んだ術ね。それに都市庁舎では、屋上から飛び降りたらしい。思えば、無詠唱だった。確かに逃げ出すには、便利かもしれないわね。

 もっとも、私なら空を飛んで逃げる…いえ返り討ちにしてあげる。


「最終選考は、踊りになると思う。跳んだら目立つだろう」

 レオニスには、何かを…というか副都市長は、水龍祭の実行委員長だもの。

 ふと私は、さきほどから思っていたことを口にした。

「親戚の娘より、帝都や他の都市、他国の大使とか来賓の相手はしないの?」

 その言葉に、レオニスがはっとして、立ち上がった。

「しまった、前夜祭のパーティがあった!」

 慌てて、上着を手に取るレオニスがおかしかった。

「飛んで、送ってあげましょうか?」

「いや、馬車を待たせてある、それより、ここに…」

 彼は頬を指差した。私は彼の希望どおり、腕を彼の首に回しキスをした。

「ありがと、こういう道化役も仕事なんだ」

 私から見れば、公務より私用優先、切れ者というより単なる色男、それをレオニスは演じている。しかし、前夜祭のパーティを副都市長が忘れるはずがない。

 それとも親戚の娘がそれほど大切だったのか…まあ、いいわ。

 そう言うと彼は、空いた扉の前に立つロゼの横を、レオニスがすり抜けていった。

 ロゼは扉の向こうを黙って見ている。

「そこに落ちた腕輪を拾ってちょうだい」

 いま、私がこっそり転がしたのよ。

 ロゼが、それに気が付いて、拾うと私に持ってくる。

 その表情は、悲しそうね。

 腕輪を私に返そうとする手首を掴んで、ロゼを抱きしめていきなり唇を奪った。

 ロゼの指から、また腕輪が落ちた。それは後回し。

 私は彼女の眼を見る。魅了?そんなものロゼに使わない。

 いまさら…面白くもないわ。

 銀糸がロゼと私を少しの間繋ぐと、切れた。

 ロゼの口に、ずれた形で私の真っ赤な口紅が着いているのが見えた。

 私はロゼをソファに座らせた。

「これで、貴女はレオニスと間接キスをした、という事でいいかしら」

 そう言ったが、これは嘘、私がキスをしたのは、レオニスの頬だもの。

 あの男が私に許すのは、そこまで。私は落ちた腕輪を拾って、ロゼに着けた。

「これは、貴女にあげるわ、大丈夫、何もしないから」

 そう言うと、腕輪がロゼの手首から落ちた。

 眷属が私の命令に明らかに逆らったのを始めて経験したわ。

「あらあら、貴女、腕輪に嫌われているのね」

 私は腕輪を踵で踏みながら、話題を変えた。

「ロゼ、貴女、殿方とキスをした経験はあるでしょ?」

「……ないです」

「じゃ、キスをした事は?」

 眷属が逆らわなければ、こんな悠長な質問に時間を取ることはないのに。

 本当に棄てようかしら…

「学院の女友達と何度か…」

 ぼそぼそと、私の質問にロゼが答える。

「まあ、女の子が好きなの?」

「ち、違います、どんな感じか試しただけです」

 この雰囲気だと、それ以外も試していそうだ。

 しかし、この頃の娘、というか、男の子は娘をそっちに走らせてどうするの!

 ん?男の子、そう言えば、レオニスに依頼された事を思い出した。

「サンド商会の男の子、知っているかしら」

 そう尋ねると、ロゼは頷いて、ガッシュと教えてくれる。

(もう、ロゼがガッシュをどう思っているか、わからないじゃない)

 私は、踵に力を入れた。

「じゃあ、ガッシュに水龍祭を案内してもらえば?」

 ロゼは、驚いたような顔をした。これは名案だわ。

「昼間は、外で楽しんでらっしゃい」

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