仰向けになるだけの簡単なお仕事です

第1話

「死体役を募集します。やりたい人は手を挙げて」

 案内役の係長が朗らかに呼びかける。俺も含めて新入社員は一斉にうつむいた。腹が減ったので牛丼を食べましょう、くらいの気軽さで誘われても困る。

「三好さんどう? 美容師の資格を持つスタッフがシャンプーをするんだ」

「髪の毛をセットしてきたので困ります」

「元美容部員からメイクをしてもらえるよ。立川さん、興味があるんじゃない?」

「すっぴんになるってことですよね。嫌ですよ」

 募集などせず係長がやれば解決だろうに。床の木目をあみだくじに見立てて気を紛らわせていると、空気を読まないソプラノが声を上げた。

「細谷くんはどうですか。肌つるつるだし、スタイルが良いから適任だと思います」

 我々には細谷がいるじゃないかと言わんばかりに、流されるまま担がれてしまった。そんなわけで、俺は死体役を全うするために、棺を前にして打ち合わせに参加している。

 冠婚葬祭を提供する企業に入社して三日目。葬祭部門に配属された俺の本日の業務は、葬儀場のイベントの手伝いだ。葬儀場を開放して一般客を招き、自由に見学してもらう。

 イチオシのイベントは入棺体験。文字通り、棺に入る体験会だ。お葬式で使う棺に触れることで終活を意識してもらう。生きているうちに入れば長生きをするジンクスもあるらしい。

 しかし棺に抵抗がある人は多い。そこで気軽に参加してもらえるように、急遽、湯灌の実演が決定した。

 湯灌は故人の体を清め、旅立ちの身支度を整える儀式だ。専用の湯船を使用し、身を清め、着替え、化粧を施す。俺は湯灌のモデルとして場を和ませ、来場者が棺に入りたくなるような死体を演じる。とはいっても、仰向けで目を閉じているだけでいいらしい。

 制服のジャケットを脱ぐ。和室に安置された棺に寄り添う格好で、天井を仰ぎ、目をつむる。隣にいるのが推しの女優なら盛り上がるのだが仕方ない。これは仕事だ。

 実演が始まった。

 見学者はそこそこいるらしい。スタッフが湯灌の説明をしつつ、和やかに儀式は進行する。担架に横たわる負傷者を移動する要領で湯船へ移される。洗髪が始まった。毛穴の汚れがかきだされ、指の腹が頭皮に程よい圧を加える。気持ちいい。いびきをかいて眠ってしまいそうだ。

「ねえ、この人は死んでいるのよね」

 見学者が優しい声色で物騒な質問をする。

 生きてますよ。死んだフリをしているだけですよ。

「どうですかね、聞いてみましょうか。かゆいところはございませんか?」

「ないです」

 しまった、死んでいるのに喋ってしまった。

 どっ、と見学者が一斉に笑う。生きてたわぁ、あまりにも動かないから本物かと思った、死んでいる演技が上手いねえ、などと不謹慎な感想が飛び交う。

 シャンプーの後は髪の毛を整える。本来なら体を洗うが、野郎の裸体を晒しても誰も得をしない。さらりと手順を飛ばされ、服の上から白装束を着せられる。死化粧の工程が始まった。髭を剃られ、化粧が施される。

「べっぴんさん」

「ほんとうね、仏様みたい」

「男性のモデルなのに色っぽいな」

 メイクは魔術だ。線や色を足すだけで、目の大きさや鼻の高さ、顔の輪郭さえも自在に操る。俺のカッコよさがキラリと光るのなら悪くないが、美人にされたようだ。

 納棺が完了した。見学者が棺の周りに集まっているのか、気配が近い。

 湯灌の感想が聞こえる。こりゃあすごい、棺を運ぶのは重そうだ、霊柩車はベンツかクラウンにしよう。そうかそうか。俺はボルボがいい。もちろんマイカーで。

 飛び交う感想に耳を傾けていると、スタッフからお疲れさまでしたと肩を軽く叩かれる。生き返っていいらしい。

 目を開くとスタッフの笑顔が見えた。

「ありがとうございました。メイクは歌劇団をイメージしました。きれいですよ」

 棺の中で上体をあげると、わっ、と歓声が上がり拍手で迎えられた。気難しそうなおじさんや恰幅の良いおばさんが顔をほころばせる。係長や同期の姿もある。みんな俺に注目している。有名人になった気分だ。  

 腰の曲がったおばあさんが近づいてきた。

「今日は素敵なものを見せていただきました。ありがとうねえ」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 おばあさんは恭しく両手を合わせると、握手を求めた。俺は二つ返事で答える。小さくてシワだらけの手のひらから、春の日差しを思わせる穏やかな体温が伝わってくる。こんなに温かいのに、生きているのに、いつか亡くなり棺に入る。それを見送るなんてできるのだろうか。むりだ。俺には早すぎる。

 入棺体験が始まった。さきほどのおばあさんも入るのだろうか。わずかに離れた位置から見守っていると、係長から声をかけられた。

「いやあ、すばらしかったよ。いい仕事をしたね。明日からまた頼むよ」

 俺は深々と頭を下げた。

「本日をもって会社を退職します。今までありがとうございました」

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