第16話 レオン・ヴァレンタインと、受け継がれる光

ホールの照明がふっと落ちた瞬間、

 空気がひとつに収縮するような静寂が生まれた。


 巨大な魔導スクリーンが淡い光を放ち、

 天井から魔力粒子が静かに降り注ぐ。


 観客席に、期待のどよめきが走った。


 〈Λ(ラムダ)シリーズ 特別発表会〉

 スクリーンに浮かぶ文字が、ゆっくりと輝きを帯びていく。


(……始まった)


 裏側の控えスペースで、思わず息を呑む。

 今、この空間全体が“歴史の瞬間”へと切り替わっていくのを感じた。



「それでは、《Λ(ラムダ)シリーズ》特別発表会を開始いたします」


 司会の声と同時に、ステージ中央へひとつの影が歩み出る。


「本日はお忙しい中お越しいただき、心より感謝申し上げます」


 レオン・ヴァレンタイン。

 ライオネル・デバイス社CEO。


 ただ歩くだけで空気の密度が変わる。

 静かなのに圧倒的。

 目が離せなくなる“強さ”があった。


(すごい……)


 その印象しか浮かばなかった。



「本日、私たちが皆さまにお見せするのは、ただの技術革新ではありません」


 レオンの声は落ち着いていて、驚くほどよく響く。


「魔導技術は人の生活を支え、魔力は未来を形づくる。

 ならば、その未来は“正しく選ばれ”なければならない」


(……選ばれ、って何を?)


 胸の奥に引っかかりが生まれる。


「まずは、本年度に弊社が開発した新型魔導具のラインアップをご紹介します」


 スクリーンには生活支援、医療補助、公共安全――

 複数の魔導具が一覧で映し出される。


 ステージ脇では、技術者たちが発表の順番を待っていた。


 しかし――


(今日の“本命”は別にある)


 誰もが同じ予感を抱いていた。



 レオンが静かに視線を上げる。


「しかし、本日の中心はそこではありません」


 スクリーンが切り替わり、

 新型マギボードの構造図が鮮烈な光を放った。


「次世代マギボード《Λ(ラムダ)シリーズ》。

 本日、正式に発表いたします」


 会場が一瞬にして爆発した。


 歓声、拍手、魔導式カメラの閃光――。

 熱気が押し寄せ、その中心にレオンは揺るがず立つ。


「これは単なる“魔導端末の進化”ではありません。

 魔力の記録、分析、最適化……

 そして――人が未来を選ぶための新たな“基盤”です」


 未来を選ぶ――

 その響きがまた胸に残る。


「魔力と光の揺らぎには、まだ未知の領域がある。

 Λシリーズは、それを“誤差”として捨てず、

 “可能性”として扱うための装置なのです」


(師匠なら、なんて言うだろう……)


 先代CEO・ハワードの言葉がよみがえる。


(“光は、人を縛るためじゃない。導くためにある”)


 同じ“導く”でも、

 レオンの語る未来とは違う匂いがした。



 レオンの演説が一区切りすると、司会が前へ出る。


「これより、新型魔導具の開発班によるプレゼンに移ります」


 生活補助、医療補助、公共魔導系――

 技術者たちが次々と発表していく。


 けれど、僕の耳にはほとんど入ってこなかった。


(……僕の番が近い)


 胸がどくん、と跳ねる。


 レオンの言葉が壮大すぎて、

 自分の“補助魔導具の話”がどうしても小さく思える。


(……いや、違う)


 静かに目を閉じる。


 師匠とともに、夜通し波形と向き合った日々。

 失敗して、また挑んで。

 青い光がふっと安定した、あの瞬間。


(これは……誰かの支えになる光だ)


 派手でなくていい。

 世界を変えなくてもいい。


(僕は、その価値を伝えにステージへ立つ)


「ユウトさん、準備お願いします。

 次があなたの番です」


 スタッフの声が控え室に響いた。


(……行くしかない)


 深く息を吸い込む。


 光が照らすステージへ向かって、

 僕は一歩を踏み出した。

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