第15話 幼馴染の距離、今の位置
人の気配が薄い、待機エリアの片隅。
さっきまでざわついていた胸の鼓動が、いまは別の意味で落ち着かない。
目の前には――金色の髪を揺らす幼馴染。
「……ほんとうに、ユウトだったのね」
ミーナが改めて僕を見つめる。
腰までまっすぐに伸びた金髪。
深い群青色の瞳。
すっと立つその姿勢は昔と同じで、それでいて大人びていた。
「久しぶり、だよな」
やっと絞り出した言葉は、それだけだった。
ミーナは、小さく笑う。
「そうね。何年ぶりか……数えるのはやめておく」
「やめるのかよ」
「だって、あなた、いま顔が少し引きつってたもの」
「……そうか?」
自覚はない。けれど、ミーナの前だとどうにもぎこちなくなる。
◇
「さっきは、ちゃんと挨拶できなかったから」
ミーナは一歩、僕との距離を詰めた。
「魔力法務局・調査課所属。ミーナ・レーヴェ。……一応、肩書き持ちになったから名乗っておくわ」
「知ってたよ。ニュースで何度か名前を見たし」
「そう。なら、少しくらい見直してくれてもいいのだけど」
冗談めかして言いながらも、その瞳はどこか照れくさそうだ。
「ユウトは……〈ライオネル・デバイス社〉の開発部、なんだよね?」
「ああ。ラムダシリーズの補助魔導具、《レゾナ》の調整をしてて」
「レゾナ。……あなたらしいわ」
「どこがだよ」
「地味で、裏側で、でもないと困るもの」
「褒めてるのか、それ」
「もちろん」
即答。
胸の奥が、ほんの少し軽くなる。
◇
「……避難訓練のときね」
ミーナがそっと視線を落とした。
「ちゃんと話したかったのに、あの場では難しかったでしょう? 久しぶりに会えたのに、気づいたら解散で」
「まあ……あれは、そういう場だったから」
「だから今日こうして話せて――正直、嬉しい」
はっきりと“嬉しい”と言って、まっすぐ僕を見る。
ミーナは、こんなふうに気持ちを表に出すタイプだっただろうか。
ほんの少し、驚く。
「ユウトは? 迷惑なら言ってくれていいけど」
「迷惑なわけない。むしろ……落ち着くよ」
「落ち着く?」
「お前を見ると、“昔の俺”も一緒に立ち上がってくる感じがして」
口にした瞬間、ちょっと照れが込み上げる。
けれどミーナは瞬きをして、それから柔らかく微笑んだ。
「それは……悪くない評価ね」
◇
「にしても、魔力法務局か」
僕は改めてミーナの制服を見る。
深い紺色のジャケット。
胸に刻まれた法務局の紋章。
そのまっすぐな雰囲気に、驚くほど似合っていた。
「この発表会、法務局としても重要なの。新しい婚活システムの一部は、法的な扱いがまだ曖昧だから」
「なるほど……だから来てるんだ」
「そう。でも本当は私情を挟むべきじゃないのよ」
そこでミーナは少しだけ視線をそらし、
「……でも、ユウトがいるなら話は別」
「別なんだ」
「別よ。昔からそうじゃない、あなたは」
そう言って、すっと手を伸ばしてくる。
僕のジャケットの襟元を、指先で軽く整えた。
「……なに?」
「曲がってたの。発表前に直しておかないと」
「誰もそこまで見ないだろ」
「見るわよ。カメラも、観客も。なにより――」
ミーナは近い距離で、まっすぐ僕を見た。
「あなたを見ている人は、必ずいる」
不思議な説得力があった。
◇
「緊張してる?」
襟を整え終えると、今度は肩に軽く手を置いてくる。
重くないのに、しっかりと温度が伝わる。
「……まあ、してる」
「そうね。顔が少し硬いもの」
「お前は昔から容赦ないよな」
「事実を言っているだけ」
ミーナはくすっと笑う。
「でも、あなたの緊張した顔、嫌いじゃない」
「どんな好みだよ」
「真剣な証だから。昔、運動会のリレー前もそんな顔してた」
「ああ……あったな、そんなの」
「覚えてる? スタートラインの横で、私ずっと見てた」
「……それは知らなかった」
「言わなかったもの」
さらっとした言い方が、逆に胸に響く。
ミーナの肩越しに見えていた景色は、
思っていたよりずっと前から僕の方を向いていたのかもしれない。
◇
しばらくの沈黙。
けれど気まずさはなく、むしろ温度が満ちていく。
「ユウト」
ミーナが改めて名前を呼ぶ。
「……無理はしないで」
「無理?」
「大きく見せなくていい。あなたは、あなたのままで話せばいいの」
肩に置かれた手に、少しだけ力がこもる。
「ライオネルの技術者としてのあなたも、
法務局が見る“開発者”としてのあなたも――」
一拍置いて。
「幼馴染として私が知っているあなたも。
全部、同じ“ユウト”なんだから」
その言い方は、ずるいほどまっすぐだった。
胸が強く刺さる。
「……なんか、フレイさんにもアイラにも、似たようなこと言われた気がする」
「そう。なら三票目ね」
「三票目?」
「“ユウトはちゃんとやれる”っていう賛成票」
ミーナは柔らかく微笑む。
「三人も言うなら、信じてもいいと思う」
「……そうだな」
本気で、そう思えた。
◇
そのとき、天井の魔導スピーカーからアナウンスが響く。
『まもなく新型魔導具発表会を開始します。
登壇予定の方はステージ袖の待機エリアまで――』
周囲の空気がぴん、と張り詰めた。
「……行かないと、だな」
「そうね」
ミーナは肩から手を離し、姿勢を正す。
けれど視線は、まっすぐこちらを離さなかった。
「行ってらっしゃい、ユウト」
それは昔と同じ言い方だった。
学校へ向かう朝。
試験の日。
小さな勝負の前。
何度も聞いた言葉。
でも今の“行ってらっしゃい”は、意味がまるで違う。
「……行ってきます」
短く返して、ステージへ続く通路に歩き出す。
背中に、ミーナの確かな視線を感じながら。
(……見ててくれるなら、大丈夫だ)
鼓動はまだ速い。
けれど、足取りはもう揺れていなかった。
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