第4話 夢の始まり―蒼の覚醒―
【あらすじ】
幼少のころから未来予知の才能が開いた清水、それ故の孤独を抱えていた。
内に向けた感情が反転する時、彼女の本当の人生が始まる。
【本文】
清水 蒼。
それが彼女の名前だ。
普通の家庭に生まれて普通に生きてゆくはずだったが、変化は早く訪れた。
「ねぇ、ママ。おばあちゃんそろそろ天国に行くみたい。お電話したあげて」
「どうしたの蒼? そんな縁起の悪いこと言って……」
確かに祖母は医師から長くないと言われているが、
今日明日の話ではないはずだった。
その時、母の電話が鳴った。
すぐに喪服の準備をする親たちを幼い清水はじっと見ていた。
チラッと時折、自分の方を見る大人は別の世界の別の生き物のように思えた。
冷たくて少し重い、疑念や畏怖のような感情が清水の柔らかい部分に流れ込む。
これを期に清水は未来を大人に伝えるのはやめ、心を閉ざすことになる。
清水が見る未来は大人にとって都合の悪い残酷な結末が多かったからだ。
「人は痛がりだから見て見ぬふりをするんだ……」
自ずと清水は人が望む答えにあわせるようになった。
「適当にあわせて、適当に間違って、
ずっとこのルールっていうか歯車にのっかってれば、これ以上悪くならないし……
テレビの向こう側は私とは違う世界、結末が分からないって楽しそうだな」
清水は思春期を迎えた頃、部活で仲良くなった子と少しだけ打ち解けた。
自分の試合を待っている間は建物が作る日陰で休んでいるのが常だった。
「ねぇ蒼、私ねテニス選手になるのが夢なんだ」
スマホをいじりながら清水はこたえた。
「へー、でも今さぁ、股関節ケガしてんじゃん。ちゃんと休まないとだよ?」
瞬間、清水は後悔した。
何気ない、いつもの会話として返してしまった。
うかつだった。
彼女の怒りと悲しみが清水に流れ込んできた。
過ぎた時間は戻らず、残酷な間だった。
「あのっ、」
「あのさ、ケガのことなんで知ってんの?
親にも誰にも言ってないのに……気づいてんのは蒼だけ。
私のショートクロス、カウンターできんの蒼だけ。
大して筋トレしてないのにちょいちょい私に勝てんの蒼だけ。
なんかさぁ、蒼ってさぁ、人外だよね。
推薦も一番早くとって卒業まで消化試合かもしれないけど、
取り柄のない私はこれでやってくしかないのよ!」
その子は心の中でもっときつい言葉を使っていたようだった。
「マリちゃんごめん……マジごめん」
とっさに清水は自分の手で左目をふさいだ。
右目からは一滴、涙が頬を伝った。
比較的、彼女との楽しかった思い出を
自分の角膜に映し出される未来で傷つけたくなかったのだ。
彼女の心の中に清水に対する硬いものが出来上がったことに気づくまで
時間はかからなかった。
「私はここにいるべき人間じゃない、
私は誰にも必要とされてない、私は望まれてない。
誰も私に期待しない、私が頑張ると周りが不幸になるからだ。
……私は透明人間だ」
清水は建物のコンクリートと地面のアスファルトに自分が混ざってゆく感じがした。
去ってゆく彼女を見ながら、恐る恐る手を下ろすと彼女の未来が見えた。
角膜の中の彼女は志望校のスポーツ推薦を勝ち取れたようだった。
「マジ良かったね、目標に一歩前進。マリちゃん……がんばって」
清水にとってちょっとした救いだったが
彼女の未来をこれ以上見たいとは思わなかった。
他の出会いと同じで清水はまた一人になった
――なりたかったというのが正確な表現だった。
しばらくして、学校から「教会に行こう」というチラシが配られた。
実はこのチラシ、毎年もらっていたのだが
なぜか今年は清水の目に止まり興味がわいた。
何か変わるかと思い、教会に行ってみたが清水に奇跡は起きなかった。
「宝くじ買って小遣い稼ごうかな……」
清水は帰り道、当たりをひいては次の売り場へ、次の売り場へと彷徨っていた。
清水は思った。
「これの何が楽しいんだろう、全部並べてもらったけど四等までだったし」
次の売り場でもそうだった。
「あなたよく当たるわね、スピリチュアル系?」
眼帯をした売り子が言った。
「いや、今日は神社でおみくじひいて大吉でたから、宝くじ買ってみようかなって」
「そう、次のあなたは……大丈夫、信じて」
清水は横断歩道で信号が変わるのを待っていた。
「なんじゃ? あのへんてこ」
振り返るとまだ売り子は笑いながら清水をじっと見ていた。
「十二秒後に信号が切り替わるけど信号無視の車が横切る。
子供が引かれそうになるけど大丈夫。ケガはない。
子供って大人が思ってるより視野狭いし、親どこいんの?
ダメじゃん」
清水は、なぜか今日は自分を疑った。
(ホントにそうなの?
私も外すことあるし、見てるだけで良いの?
人の命かかってるよ……やるの?
助けるの?
次もやるの?
その次も?
毎度やるの?
変な人じゃん――でも!)
とっさに足がでた。
「おっとっとって」
鞄から筆記用具やノートが、スマホまで横断歩道に散らばった。
「あらっ……」
清水は凝縮された時間の中で思った。
(やばっ、でも立ち止まってくれた。
この子の未来はオッケーだ。
あぢゃー私の人生、おわた。
あの車やっば私のとこに来た――だよね的中率、九十九パーだもん。
もしこれが間違いで、あの車止まってくれたら何しようかな?
絶対、今までとは違うことやろう。
まずお金稼いで……いや、そんなことじゃない
もっとほらパッションってやつ?
ヒリヒリするような命を賭すって感じのさぁ
でもなんで!)
清水は叫んだ。
「なんで私には何もないのよ!」
車は清水を乗り越えて行ったようだった。
気づけば岩城に抱っこされていた。
さっきの売り子は驚きもせず、まだ笑っていた。
「へっ?」
「おっ、青野さんの言う通りブルーアイだ……」
「遂にキタっ、イケメン、胸キュン、お姫様抱っこ
イケメンはいい匂いって相場が決まってますな」
清水は岩城に気を失ったふりをした。
岩城は霊脈を使って清水を教会に運んだ。
目を開けると岩城がいた。
「譲さん、私は清水 蒼です。結論から言います。
未来が見えます。役に立ってます。譲さん大好きです」
「清水さん、あなたとちゃんと会話できる人がすぐ来るから……
もう少し、横になっていよう」
別の霊脈からジャンプしてきた青野が遅れて到着した。
「蒼ちゃーん、お疲レンコン。はい! これ落とし物」
清水は思った――(更にキタっ、ここはイケメンの巣窟か!)
「あの……」
「私の未来が見えんってことでしょ?
だって私輝きすぎてるから……
次のお前は『いかん、譲さんの方がいいわ』って思っちゃうでしょ?
その通り……だけど君は私のことを師匠って呼ぶよ。
さっそく君の霊力の流れを整えよう、少し息止めてくれる?
紹介遅れたけど、私は青野。
よろしくねー」
そういって青野は清水の額と胸骨に手を添えた。
清水は岩城をチラッと見て目を閉じた。
青野はラテン語で清水を祝福しようとした。
(手を置いてくだされば、救われて生きるでしょう。
衣に触れさせていた……)
「ちょっと待って、君のお父さんって仏教徒?」
「ガチバリの真言宗ですけど……」
「ああそう、ならもう一度……
最高の真理であり、偉大な呪文であり、比べるもののない真言である。
これはあらゆる苦しみを取り除く偽りのない真実である。
だから私はこの真言を説くのだ。
行けるものよ、行けるものよ、彼岸にまったく行けるものよ、幸あれ」
青野は般若心経の最後のフレーズをつぶやいた。
と同時に清水の胸から鋭いトゲのようなものが幾本も伸びてきて、
青野の手を貫いた。
青野は少し顔を歪めながらも、優しく清水に言い聞かせた。
「蒼ちゃん、ちょっと痛痒いの続くけど我慢してね。
昔の嫌な記憶が心に刺さりまくってる。
一本ずつ取らないといけないからね」
一本ずつ丁寧に青野はそれを抜いて行った。
青野が最後の一本を抜いた時、清水は起き上がった。
「何も変わってないけど……」
「うん、でも君泣いてるよ。
まあ、ある意味で……おかえり」
青野は笑顔を清水に向けた。
「師匠、辛かったよ、寂しかったよ、誰にもわかってもらえなかった」
清水は青野を抱きしめた。
「そうか、そうか、んって君、女の子? ここは女子禁止なんだけど」
「えっ、ここはひとつ感動シーンの尺は長めって設定なんじゃ……」
岩城は頭を抱えた。
「青野さんさー、なーんで先に性別判断しないの……
清水さん、ブルーアイ……っていうか、僕らの未来はどう見える?」
清水はそう言われ右目を手でおおい、意識を集中した。
「ええっと……すっごい、前よりぜんぜん見える!
荒っぽい人にキスしてゲロって悪い奴ら倒してる。
霊脈って何?
師匠がヨハンで私もヨハンってどういうこと?
うわっ、なんか目まいしてきた……」
「この眼帯使いなよ、楽になるよ」
そう言って青野は自分の眼帯を清水に渡した。
「なら、協会には正直に話そう。
ここまで先を見れるヨハンは貴重な戦力だ。
まずはその若者言葉を直すところからだな。
そしてお父さんとお母さんには丁寧に説明して行こう」
岩城と清水は「常識」ある両親を説得するのに半年以上かかったという。
清水は眼帯を触った。
これから見る未来は、もう一人で背負わなくていい。
そう思えることが、少しだけ嬉しかった。
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