第3話 野性の証明2―兄弟の力―

【あらすじ】

剛田は岩城に導かれ、孤児院で奉仕を通じ霊力を磨く。やがて芸能界で才能を開花させ、怒りと悲しみを演じ真の自我を得る。最後は岩城と共に歩む。


【本文】

そう言って剛田を調理場に連れてった。


「次はなんだ?」


「次はカレーを作る。翔には他者のために頑張るということを学んでもらう」


「あの、お兄様一体何の関係が……」


「霊力は魂から、とても清らかなところに由来する。

つまり善行によって磨かれ高めることができる。

翔がどんな奴で今まで何をして来たかは問題じゃない。

これから他者のために何をするかによって霊力の質が決まる」


「そうなのか! じゃあこの玉ねぎの皮を剥いてジャガイモ洗えばいいんだな」


「まあそんなとこだ」


「法律はどうクリアしてんの? 孤児院ってさぁ、俺がいうのもなんだけどさぁ、

児童福祉法ってのが日本にはあるやろ?」


「詳しいね。孤児院って語弊あるんだけど昔はある意味、野放しだったんだ。

日本って宗教って名がつくと途端に怪しくなるだろ?

戦後、今のような法体制になって行くにしたがって今のような『対策』になっていったという経緯があるんだよ。

母体は教会だから潤沢な資金を持っているわけじゃない。資金源を他に求めると彼らの言いなりになってしまうからね」


「金の話は理解できたけど『今のような』って?」


「翔、お前は人のために……子供のためにご飯作ったことないだろ?

一年中、休まずできるか?

朝・昼・晩で千回ほどだ。毎日カレーじゃたまらんだろ?

明日の献立は?

来月はどうする?

子供は育ち盛りだから栄養を献立ごと考えないといけない。

それを教会のみんなが各々やっていたら大変だし家庭によっては食事のタイミングが遅れてしまう場合もある。

子供は早く寝るべきだ。皿を洗うのも大変だからこの設備の出番ってことになる」


「まるで学校の給食だな」


「そうだよ翔、千回休まずやってみよう。僕を霊力で押し下げることができるのは翔、お前に対する……この話はまた今度にしよう。さあ、やるぞ!」


岩城はそう言って、剛田と二人で食事の準備をし始めた。

剛田はチラッと岩城を見た、剛田は言葉ではなく行動で相手を判断するタイプだ。

(こいつは手を止めない、こんなくだらないことに手を抜かない奴は初めて見た。)


剛田は普段使わない筋肉を使い、疲労を感じていた。

(マジか? この俺が疲れるってあるか!)


「翔、ここはもういい食堂に行け」


食堂に行った剛田は驚いた。皆席について静かだったからだ。

ぼーっと立っていると後から来た岩城に言われた。


「翔、『いただきます』の合図を……」


「はいはい合掌ね……残さず食えってことだ。

まあ本当に食えない奴は残せばいい。鶏のエサにする。

食った奴からデザート渡す。食ったら歯を磨く。以上だ、いただきます」


そういうと剛田は勢いよくパンっと手をあわせた。ものすごい音で、皆びっくりした。誰も剛田の柏手が周囲十五メートル以内の邪気をはらったことに気づかなかった。岩城でさえも。


いつもは岩城が厳かに行うのだが剛田のそれは子供受けが良かったようだ。

剛田は岩城の言いつけを守り土日関わらず食事の用意をした。

ある日、剛田はぼーっと空に浮かんだ雲を眺めていた。


「さすがに皮むきだけじゃな、ここの掃除も庭の掃除もすぐ終わっちゃたし。

そういえば、あいつらどうしてるかな……」


やはり剛田にとって孤児院はつまらないところだった。

やがて音楽関係で働いていた友人と一緒にアルバイトをするようになった。

バイト先のコンサート会場で、たまたま居合わせたステージ映えする背の高いイケメン、ただそれだけの理由で、剛田はヘビメタバンドの前座を務めることになった。


「翔君さぁ、もうしょうがないからシャウトし続けてくれればバッチのグーよ。

これバイト代とお駄賃ね。ほら、お客さん待たせてるからド派手にイッちゃって♪」


剛田は時給換算で五万円近いお金を握らされ思った。


「芸能界、おいしいとこだな……バッチのグーって、拳突き上げながら大声出せばいいんだな!」


剛田は言われた通り腹筋のトレーニングがてらに声を張り上げた。自己紹介したつもりが観客にはこう聞こえたようだ。


「Show Not Death ! You are Rock-Killer !!(翔なんですヨロシク)」


軽く四オクターブが出て、舞台装置なしの三メートルの跳躍で観客を魅了した。


「歌っていいな! けどよ、子供たちの飯作らねぇとだから帰るわ」


そう言って観客席を突っ切って剛田は岩城の待つ孤児院に向かって走っていった。


「これ、走るメロンな気分だな。しかし、間に合わねぇから俺は地下鉄使うぜ~」


ソーシャルメディアで跳躍絶叫男としてバズり、プロデューサーをも動かしてしまう。翔はほどなくして芸能活動を始めることになる。


「俺の流儀じゃねぇ」


剛田は売り物として作ることを一切しなかった、しなかったが案件が次々と舞い込んできた。しかし、芸能界は素で生き残れるほど甘くはなく次第に飽きられていった。

転機を与えたのは岩城だった。


「翔、蒼が言ってたがお前は役を作ろうとしないのではなく既にお前の中に役が宿っているらしい。それを世にさらしたくないだけなのだと……

次のオーディションは主人公の怒りと悲しみがメインテーマだろ。

本当の意味で素を出してみたらどうだ?

子供たちのためにご飯を作るのもいいが、ある意味で芸事は多くの人の魂を救う尊い仕事だと僕は思っている。翔、それに挑戦して欲しい」


後日、岩城と剛田はオーディション会場にいた。

まずグループ面接から始まった。オーディションと言っても形ばかりのものが多く出来レースのものもあるがこの案件は違った。


「えー、ドラマ『君砂(きみすな)』の一次選考会にお越しいただき、ありがとうございます。事前に説明あったかと思います。それでは一分間、はじめ!」


テーマは主人公が恋人の不幸を静かに、しかし怒りと悲しみをないまぜにして無言で演技するというものだった。他の俳優は普段の練習通り演技をしていたが剛田だけは審査員をただ見ていた。剛田は虚ろだった、思い出していた。


両親から恐れられ捨てられたこと、常に常ならざる者から見られていたこと、

その手が癒しを与えたことも、意図せず奪ってしまったことも、

過去の記憶が呼び起こす悲しみや怒りといった感情が剛田を支配した。

セリフはない設定だったが剛田は何か言葉を発したようだった。


「俺には救いがない」


審査員はそのように受け止め、剛田は涙を流し始めた。

後に審査員は剛田の演技をこう語った


「いやー、蛇に睨まれた蛙っていうか動けなかったんだよね彼の眼力に。

他の子は上手だったよ。だったけどその後が他の子とは違ったよね。

泣き崩れ方が絵になってて他の審査員も彼のこと見入っちゃってて、

正直彼の今までの芸風だとあわないって思ってたんだけど彼に一票入れちゃったよね。んでもって彼の友達? みたいな人」


その審査員はコーヒーを一口味わいながら続けた。


「……更にイケメンだったよね! 声かけたけどノーだったけどね」


普段は成人のオーディションに付き添いは入れないのだが岩城は両手をついたまま泣き止まない剛田を見ることになる。剛田は叫んだ。


「兄さん、助けて!」


「翔、僕を見るんだ!」


その姿はとても映えていたためその場にいた者は見とれていた。

他の審査員の幾人かはこう思ったようだ。


「もう、この二人で良いんじゃね?」

「ちょっとBL寄りに変えちゃって良いんじゃね?」


この日から剛田は自分と役の間に壁を作ることがなくなり、様々な案件をこなすことになった。


岩城との霊力対決は遂に決着がついた。剛田が押し勝ったのだ。

見下ろす剛田の目にはもうかつての野性は消えていた。

岩城は剛田に向かって言った。


「今は一部分しか知りませんが、その時には、私が神にははっきり知られているように、はっきり知ることになります……翔、君は今、真に己を得たんだ」


「兄さん、何言ってるかよくわからんけど早く調理場へ行こう。子供たちが待ってる」


「そうだね、行こう」


その後も幾度か周囲と問題を引き起こしながらも、現任のパウロとして剛田は岩城と清水と行動を共にすることになる。

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