ニュートン・リング

天解 靖(あまかい やす)

第1話 インパクト・ゼロ ―大戦末期の断末魔―

【あらすじ】

悪魔との最終決戦で、ペテロが開発した破魔道具「ニュートン・リング」を起動。パウロは悪魔と共に消滅し大戦を終結させる。生き残ったペテロとヨハンは引退、黒川 修と青野 真として新たな道を歩み出す。


【本文】

霊脈士ガーズはキリスト復活と同時期に結成され、善と悪の均衡を保ってきた。

ペテロ、ヨハン、パウロ――時代を超えて受け継がれてきた。


「我が命にこたえよ、ニュートン・リング=極大射程、グラビティ・オン!」


――パウロがコマンドする少し前のこと。

どれぐらい打ち放っただろうか、薬莢が足元を埋め尽くしていた。

だが悪魔とその類は勢いを増し、迫ってきている。

時間は残されていなかった。


「ペテロこれはもうアレを試すしかないぞ!」


「パウロ、僕は反対だ。

まだ制御が甘いし、どこまでやれるかも未知数だ」


「ペテロ、何を恐れてる、今使わんでいつ使うんだ。

俺が恐れるのは神の裁きのみ!

つべこべ言わず、そいつをよこせ。

ヨハン、ガトリングの回転をマックスにしろ」


「ヨハン、君はどう思う?」


「えっ」


そう言われてヨハンはブルーアイを通して世界が壊れてゆく様を見た。

もちろん違う未来も……


「私は――二人のことが好きだ、大好きだ!」


ヨハンはペテロを抱きしめた。


「何を言ってるんだ?

僕らはニュートン・リングを使うかどうか話し合ってるんだぞ!」


「じゃあペテロ、それを使おう。

ただし、威力がすごいから私らは先に、霊脈づたいに退避しよう。

ペテロが私と一緒に逃げてくれるなら、それを使っても構わないよ」


「ガトリングがもたないぞ、ペテロ

ヨハン、メリケンよこせ!」


「パウロ、はいっ」


「さあ、こいや!」


パウロは超加熱で停止したガトリングを捨て、ヨハンから受け取ったメリケンサックをはめ、ギンッと打ち鳴らした。


「オムニレンジ・ワンホール・ダブルハードシールド!」


ペテロは三人を覆うように魔避けのシールドを展開した。


「おおっ! さすがだなペテロ、ちょっとしたコーヒーブレイクだ」


ヨハンは逃げの算段を立て始めた。


「パウロ、これが終わったら後でちゃんと話し合おう――なっ、

お前は他の霊脈士とは何かが違うようだ。

やばいと思ったら霊脈に逃げこめ、必ずだパウロ」


ペテロは釈然としないままパウロにニュートン・リングを手渡した。

パウロはうなずき、自らの霊力を注ぎ込む。

手の甲が十字に光っているのをペテロは見逃さなかった。


霊力が注がれるほどジンバルは回転してゆき、第一・第二と順々に回転していった。


「パウロ、僕の力じゃこれ以上シールドを保てない。

早くコマンドしろ!」


第三ジンバルがゆっくりと回転し始めた時、彼は見上げながら笑った。


「悪魔とその類の者たちよ、

お前たちを恐れる理がどこにある。

我が命にこたえよ、

極大射程、グラビティ・オン!」


パウロの霊力によって放たれたニュートン・リングは悪魔とその類を蹴散らしながら高速に回転し、霊力が具現化した第四・第五のジンバルを形成した。


「アンカーシールド」


ペテロは吸い込まれないようハードシールドを解除しパウロの両足と自分の片足にシールドを展開した。


「僕らの勝利だ! ヨハン、最後まで見届けよう。

これで大戦を終わらせられる、僕らの信仰が勝利したんだ」


それは高々と上がり第六のジンバルを形成したと思った刹那、光は轟音と共に闇へとかわり、崩壊してゆく光のジンバルもろとも悪魔とその類を中心へと吸い込んでいった。時限ブラックホールが発生したのだ。


「ごめんよ兄さん、弟よ!」


そう言ってヨハンはパウロに対して首を横に振った。

パウロはヨハンに対してうなずき、二人は笑みを浮かべた。

ヨハンの目には涙がにじんでいた。

その瞳は、誰にも見えない結末をすでに映していた。


――と同時にヨハンはペテロに拘束具を胸にあてた。


「何をするヨハン!」


拘束具が展開しペテロの自由を奪った。


「兄さん、一緒に逃げてくれるって言ったよね?

この霊脈は二人には細すぎるから片足はごめんね」


ヨハンは霊脈を人差し指で二度、軽くタップした。

バシュっという音とともに二人は消えた。

ペテロの片足とパウロだけが残された。


パウロは地面を力強く蹴り、時限ブラックホールへ飛び込んだ。

両腕を広げパウロはつぶやいた。


「主よ我を導き、この命に代えて子らを救いそして……」


パウロが言い終える前に、闇がすべてを飲み込んだ。

悪魔も、その類も、そしてパウロも。

それは急速にケシ粒ほどまでに縮み、光となって――どこかへ消えた。

風が止み、音が消え、焼け焦げた空の下、光と闇の余熱だけが残った。

戦いは終わり、沈黙だけが語っていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



飛ばされたヨハンとペテロたちは霊脈本堂近くの五十鈴川(いすずがわ)に不時着した。

静かだった、とても静かで、ヨハンの息づかいだけだった。

声を発することがまるで卑しいことのようだった。


岸辺にあがり拘束具を解かれたペテロはヨハンを問い詰めようと思ったが黙っていた。

ヨハンはペテロと一瞬目があったが、すぐに逸らしてしまった。

逸らした先の、川面には自分の顔と月が映っていた。


ペテロも目線を下ろし――しかし、拳を握っていた。

ペテロは感情をぶつけることもできたがやらなかった。出来なかった。


静かだった、とても静かな夜で、まるでこの世には二人しか存在していないかのようだった。

それは神が与えた二人だけの時間のようでもあった。


語り始めたのはヨハンだった


「兄さん、世界は救われたよ……」


「だろうな――ヨハン、お前はいつも僕らの一歩先を見ている。

だからいつも一番初めに、一番辛い選択を――僕よりも先にしてしまうのだろう。

これからはお前がガーズを率いてゆけばいい、

僕は後任に引き継ぐよ」


ペテロはゆっくりとヨハンを見て言った。


「僕の名前は『黒川 修』、初めましてだね」


「私もそうするよ、名前は『青野 真』、よろしくね。

占いが得意なんだ――悩んでることがあるなら相談にのるよ」


静けさに加えて、少し沈黙が横切った。

ペテロではなくなった黒川は拳をといていた。


「青野君? だっけ、最近僕はとても親しい人を亡くしてしまってね、

最後を看取ってあげたかったんだ、命に代えてでもね。

それを誰かに……誰かに邪魔されちゃったんだよ」


「黒川君、その亡くなった彼は君に生きていて欲しかったんじゃないかな?」


二人は涙をこらえていた。


「間違いはなかったはずなんだ。

あんなことになるなら全員で――月までみんなで逃げたあと、他の星にジャンプすればよかったんだ。

なのに何であいつは……」


黒川は震える気持ちを抑えられずにいた。


青野は少し黒川が怖かった。

怖かったというよりも、これ以上近づくと黒川は壊れてしまうことをその瞳は移していた。


「ごめん黒川君、君の悲しい気持ちが一気に流れ込んできて、

これ以上、君に近づけない。

近づいて抱擁すべきなのに近づけないんだ」


「青野君、無理しないで……申し訳ないけど独りで帰ってくれないか?

僕は大丈夫だから」


「ごめんね、黒川君……」


「あと、足のことは気にしないでいいよ。

もう痛くないから」


「ごめんないさい、黒川君――本当に」


「青野君、こうなる結末だったんでしょ?

誰のせいでもないんだから……

申し訳ないけど、ちょっと休ませてくれないかな?

本当に大丈夫だからさ」


「わかった、もう行くよ。それじゃあ、また会おう」


青野は立ち去ろうとした。


「ううん……サヨナラだ」


言われると思っていたが、いざ言われるとその言葉は青野の心に深く刺さった。

立ち止まってしまった青野は、黒川の顔を見ることが出来なかった。

水面に自分の顔は映っていなかった。


「だよね、そうだよね。黒川君、さようなら」


青野は振り返らず去っていった。


黒川は五十鈴川の河原に仰向けになり夜空を見上げた。

この星はまだちゃんと動いているようだった。

黒川はそれが腹立たしく、悔しく、空しかった。

しかし、そんな気持ちは五十鈴川の流れと同じく音もなく過ぎていった。


「さようなら愛しい弟たち」

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