第2話 野性の証明1―新たなパウロ―

【あらすじ】

岩城は新たな仲間を探し、剛田と出会う。岩城は剛田の潜在能力を見抜き、清水の協力を得て剛田は拘束される。 清水は剛田の膨大な霊力を身をもって受け止めると同時に彼の怒りや悲しみに触れる。


【本文】

大戦終結後、現任のガーズは次々と退任していった。

年齢的な問題や後進の育成など様々な理由からだった。

当時、後任だった岩城は自身のガーズを結成すべく、パウロになりうる人材を探していた。


剛田 翔。

それが彼の名前だ。

岩城との出会いはここから始まる。


後にパウロとなる剛田は暇になると筋トレを兼ねて運動公園で仲間とたむろするのが常だった。

外見というよりも剛田が放つ異様な雰囲気は人を遠ざけていた。

そこへ、岩城は近づいて行った。


「君、今捨てたゴミを拾いなさい」


岩城は静かに剛田へ求めた。


「あっ僕、捨ててません」


「あなたがどう思うかではなく、皆がどう思うかです。ゴミを拾い、ゴミはゴミ箱へ捨てなさい」


剛田はゴミを踏みつけにして言った。


「どこにゴミがあるって? どこにもねーだろ」


剛田の仲間は、また始まったかと呆れた様子で、止めることさえしなかった。

岩城はもう一度、剛田に求めた。


「君の足で踏みつけにしている。何度でもいう、ゴミを拾いなさい」


剛田は五歩下がって言った。


「そこの人――あなたがどう思うかではなく、皆がどう思うかですよ。足元のゴミを拾い、ゴミはゴミ箱に捨てな……」


「戻ってきなさい」


歩き去ろうとしたら、どうしたことかゴミの前に立っていた。

剛田は自分に何が起こったのか分からなかった。

理解しようにも手掛かりがない、この男が何かやっていることだけは確かだった。


「耳はついているようなので安心しました。

あなたがどう思うかではなく、皆がどう思うかです。ゴミを拾い、ゴミはゴミ箱へ。

ここは日本です。

自分のゴミだろうが他人のゴミだろうが気づいたら、

出来るだけ拾って捨てるべきです」


剛田はゴミをゴミ箱ではなく、そのわきに投げ置いた。


「ゴミ箱が一杯だったんでね、ご覧の通り道がきれいになった。一歩前進だ。

じゃあ俺の話も聞いてくれるよな?

俺の貴重な人生の時間、どうやって返してくれんだよ!」


「時間はもらうものではなく捧げるものです」


そういって岩城はゴミをゴミ箱へ捨てた。


「君のために僕の貴重な時間を費やしてしまった。だからとは言わないが君の貴重な時間を僕に捧げて欲しい。この通りだ……」


岩城は深々と頭を垂れた。

意外な展開に剛田の仲間も岩城の最敬礼に驚いた。


「偉そうなこと言って、結局あんたも今まで出会ってきた大人と同じってことだよな? 同じってことは同じ目に遭っても文句ねえってことだろ、そうだろ!」


「それは当たらない」


剛田は拳を向けるが寸でのところで止まってしまった。

しかも自分の体がいうことをきかなかった。

岩城は霊力を使って剛田を止めていた。


「なんだその青白炎は? 何かの演出か?」


「見えるのか……ならこれはどうだ。スモールタワーシールド」


剛田は五メートルほど宙に浮いた。


「翔、スゲーな宙に浮いてる。何か手伝ってやろうか?」

「うるせえっ、いつもみてぇに黙って見てろ!」


「暴れるな、落ちると骨が折れるぞ」


岩城の言うことを聞かず剛田は飛び降りた。


「ちょうどいい、プロテスト後はケンカできなくなるからな。あんた強いんだろ?

最後に相手してくれ」


岩城は手招きで合図した。剛田はそういうと全速力で岩城に向かった。


「ノーマルシールド」


「なんの!」


剛田はシールドを蹴り飛ばし岩城に迫った。


「誰だか知らねえが腹筋固めな!」


「人を痛めるのは趣味じゃないが……」


岩城は半身になって剛田の拳をかわし、回転しながら四股立ちになった。

さらに剛田に体をあずけ、肘鉄を剛田の顔面に見舞った。

しかし、剛田はひるまず次の拳を岩城に向けた、途端に地面が迫ってきた。


「どうした、いよいよ転んでしまうぞ」


「合気の類か? 世故いマネすんな! 堂々と打ち合え」


「良いのか? 丈夫そうだから四割ぐらいで行くぞ」


二人は間合いを取った瞬間だった。


「動くなよ」


岩城は剛田の手足の自由を奪って拳をいれた。


「硬いな、きかんようだから……では一割で」


「ハッ、手加減するんか? 意味わからん」


「ローパワー・スプリングシールド」


何が起こったのか分からないまま、剛田はひざまずいた。


「ゴハッ、ゲホッ……」


今まで強い相手と戦ってきたが息ができないほどの拳は初めてだった。


「どうした、腹の具合でも悪いのか?」


「おめーナニモンだ、元チャンプか?」


「僕はただの教会の職員だ。世界一になって金を稼ぎたいならまず僕を倒してからの方が無難だな。まあ、負け犬は負け犬らしく大人しくしていればいい、

親切な誰かが情けをかけてくれるまで……噂通り、ただの力自慢だったぞ。

足のシールドは自力で抜け出せ、それじゃ」


「ちょっと待て、カチンと来たぞ」


剛田の異変に気づいた仲間が止めに入ろうとした。


「翔、やめとけよ。さすがに社会人相手にすると刑事モンだ。

しかも堅気の堅気だ。お前もこいつらの炊き出しで飯食ったことあったろ?

筋がちげーぞ、翔!」


剛田の目が本気になった。

よく見ると彼の手から霊力があふれ出していたことを岩城は見逃さなかった。


「蒼!」


剛田は岩城が見ている方向に視線を外した。

その逆側から剛田めがけ、霊脈からジャンプしてきた清水が宙を舞った。

誰もその存在に気づかなかった。


「じゃなきゃこっちか、うらぁ!」


剛田は裏拳を繰り出したが清水は上下逆さまにひらりとかわし、空振りした剛田に口づけをした。


「Bang♪」


「何を……」


清水のラバーズ・キスは剛田をとらえた。

剛田は全身から精気が抜けてしまい動けない。


「ふふっ、君のはちょっとイカれたスパイシー味だって……」


清水は先ほどとは一転、様子がおかしくなり腹と喉を抑え、身もだえながら倒れた。

岩城は清水に走り寄った。


「蒼、早くキャンセルしろ!」


「やべーよ、翔のやつ遂に人をやっちまった!」


「譲さん、彼は私たちが想像する以上の膨大な霊力を持ってるよ。

これはすごい、前任のパウロに匹敵するかも……会ったことないけどね」


「蒼、キャンセルだ!」


「ううん、だめだめ、まだまだ。

せっかく口づけしたんだから最後まで見ないとね。

彼のそれは怒りと悲しみだけ、仲間にするのは危険だよ譲さん、

この子はヤバすぎ二番目の子にしよう。

それとも譲さん、この子のために命を張るの?

なんか嫉妬しちゃうな、私はそんなの嫌だよ。

だって譲さんのこと大好きだもん……」


「いいからキャンセルするんだ! 蒼」


「ラバーズ・キャンセル」


岩城は起き上がった剛田に拘束具を投げつけ、タクシーアプリで配車した。

大捕物が明るみになると霊脈協会に三十ページ程の顛末書を出さなければならないからだ。


状態を和らげようとする岩城の手を握って清水は言った。


「譲さん、こいつはとんでもないバケモノだ。

とても背負いきれない、二人でも到底無理だよ」


タクシーに乗った清水は自分の角膜に映し出される未来と流れ込む感情を受け止めきれず気を失った。


「蒼、そんなことない。それに僕はもう覚悟を決めてる。

僕は君たち二人を信じることにしたんだ。

大丈夫、きっと上手く行くよ」


――剛田が初めて拘束具を付けられた日から数週間後のことだった。


「お前を倒してから俺は次に進むことにした。驚け、俺史上最大比率でお前の言うことを聞いてやる」


剛田は岩城に引き取られ、孤児院に身を寄せることとなった。


「そうか、一歩前進だな。今日から君のことを『翔』と呼ばせてくれ」


「構わねえよ、毎日夕方に俺と戦ってくれればな」


「僕のことは、兄さんと呼びなさい」


「はぁ?」


「僕が勝ったのだからそれぐらいいいだろう? 翔が僕に勝ったら剛田さんって呼ぼう。どうだ?」


剛田は躊躇した。誰かを「兄さん」と呼ぶなど、生まれて初めてだった。

胸の奥に、温かいような、むず痒いような、名前のつけられない何かが芽生えた。


「……お兄さん、それでいきましょう。俺が勝つまではな」


岩城はさっそく剛田と一緒に敷地内の駐車場に向かった。


「翔の霊力は僕の霊力に触れて少しずつ開こうとしている。

まずは僕に触れずに僕を押し下げてみよう。拳を……」


そう言って岩城は拳を剛田に向けた。剛田も岩城の拳に自分の拳を合わせた。


「少し感じるだろ? 磁石と同じだ。相手によるが極、つまり翔と僕の霊力の場合は反発しあう。こんな感じで押し合いになるんだ」


剛田は岩城の霊力に押され、しりもちをついてしまった。


「今日はここまでだ」


「何を言ってるまだ日は沈んでないぞ」


「そうだ、次のトレーニングだ」

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