天神様の嫌いなお祭りその5

 つい先ほど俺に注意したばかりの明石さんはさすがにばつが悪い顔で俺を見る。


「……榊君、今、ウチ「すべる」「ころぶ」「おちる」って何回言うた?」


「……8回!お連れさんのも含めて9回。今言ういた分も含めると10回や!……あんたら、あてが嫌いな言葉、よう知ってはりますな?」


 ひそひそと明石さんに話しかけられた俺に代わって苦虫を噛み潰したような顔で天神様は正確な解答を返した。


 ……なるほど、実にナイーブというか、気難しい性格らしい。


 頭はよさそうではあるものの……いや、それゆえに大雑把な明石さんにはやりにくい相手であることはなんとなくわかった。


 明石さんも、これはまずいと思ったらしい。彼女は担任教師にいたずらがばれたときのような気まずい顔で立ち上がり、咳払いをして仕切りなおしとばかりににこやかに口を開いた。


「まぁ、勘弁してぇな。ちょっと口が滑った……。」


「……明石さんっ!」


「……ああ、まぁ、仕方ないやん。まさか書類が足元に落ちて……。」


「……明石さんってばっ!」


「……ああ、ごめん。でも転びたくて転んだわけや……。」


「……いいから黙って謝ってくださいっ!」


「……あんたら、ひょっとしてわざとやってまんのんか?」


 ごもっとも。


 俺は天神様の言葉に、明石さんの袖を引っ張ることもあきらめ、素直に頭を下げた。


 よくもここまで、口を滑らせられるものである。


 俺の言葉にもはや言い訳すればするほど自爆すると踏んだのか、明石さんも素直に頭を下げる。


 なんというか、確かに、徹底的に「ノリが違う」。


我々の態度に優雅ながらも不満げな天神様に俺はこれからの交渉が厄介なものになりそうだと、内心俺はため息をついた。


が、天神様は決して声を荒げようとはしない。


逆に彼が次に発した言葉に、俺たちは驚かされることとなった。


「……まぁ、わざとらしい会話は時間の無駄やしこの辺にして、本題にはいりまひょか。さすがは当事者、電気街のお稲荷はん、自体の異変に気づくのも早よおますな。」


「……えっ?早いって……。」


 天神様の言葉に言葉を失う俺。


 どうやらこちらが来る事を予見していたらしい。


俺は彼に全てを見透かされているような気がして、思わず頭を上げ、その場に立ちすくんでしまった。


が、流石は同じ神。


明石さんはそれにひるむことなく天神様の座る机に歩み寄ると、両手を机に叩きつけていた。


「その様子やとうちらが何の用事で来たかわかってるみたいやな?それなら話は早いわ、聞かせてもらおうやないの。何でうちらの商売にケチつけるような真似するんか!」


「……そちらこそ、その様子やと何であてが怒ってるか、解ってるんと違います?あてはなーんも間違ったことしてまへんえ?」


「……なんやて?」


 金持ち喧嘩せず。


 扇子片手に、嫌味だらけで応対する天神様にいきり立つ明石さん。その穏やかならざる状況に俺は顔からみるみる血の気が引くのを感じた。


「と、とりあえず、天神様!訳をお聞かせください、こっちだって、ケンカしに来たわけじゃないんですから。それからゆっくり話し合えばいいじゃないですか!ね?ね?」


俺はそんな彼女を慌てて羽交い絞めにすると、天神様から引き剥がした。


 鼻息荒い彼女を必死に抑えながら。二柱の神々を必死になだめる俺。


 それに、明石さんは呼吸を整えながら頷き、天神様はふん、と。鼻を鳴らして扇子越しに嫌味な笑みを見せる。


 さすがは元貴族。言い回しも態度も仕草も独特である。


 しかも、よくよく考えれば、大人気なさと言う点でいい勝負というのがどうにもならない。


 俺は明石さんをなだめながら、天神様の態度に正直胃が痛くなりそうになった。


 だが、俺の言葉にも一理あると思ったのか、はたまた感情的になっていると思われたくないのか。天神様はしばしこちらを観察した後、ぴしゃりと扇子を閉じて、机のノートパソコンを起動し始める。


 その時ようやく彼の机にパソコンがある事に気づき、俺は少なからず驚いたのだが、さらにその明らかに素人ではないその手つきにさらに俺は驚かされる事になった。


 ……どうも過去の事はさておき、彼は彼なりにパソコンと言う機械を使いこなしているらしい。


 俺は、彼のその様子に、思わず明石さんと顔を見合わせた。


「……そら、あてかって、事務用品としてのパソコンの便利さはよう分かってます。せやけど、ネットは、百害あって一理なしや。あんなもんがあったら、言葉が乱れて人々の心は荒廃し、美しい日の本の文化が、失われていくだけでっせ?」


 またエライ事言うなぁ。


 予測はしていたとはいえ、偏見に凝り固まったような彼の言葉に俺はげっそりした顔で肩を落とした。


 まさに、「ゲームが犯罪を引き起こした」理論。


犯罪が起きると自分の理解できない世界と犯人の精神の闇を強引にくくりつけて、それが原因だと騒ぎ立てるという独特の理論だ。


ゲーム機やネットに触れたことの無い世代になら説得力を持つのかもしれないが、今時それらと無縁な若者の方が珍しいこの時代、正直我々のような世代にはこれっぽっちも説得力が無い。逆に相手との常識の差を見せ付けられたような気分に若者をいざなうという、ある意味発言者の頭の固さの指標とも言える。


当然、そんな言い方をされて明石さんが納得するはずも無い。


彼女はそれに歯軋りをすると、再び天神様を睨み付けた。


「……ネットで人間の心が荒廃するやて?何を根拠にそんなええ加減な事を!」


「根拠?……根拠でっか?みんなしてネットを見ているのにそんな事にも気付かんのかいな。……あんたら、ホンマおめでたいですな?」


「なんやとコラ!もういっぺん言ってみぃ!」


「ちょ、ちょっと!落ち着きましょうよ!」


 挑発的な言葉にまたいきり立つ明石さんとそれを再び取り押さえる俺。


 頼むからもうちょっと穏やかに話してくれよと俺が思っていると、彼はまたぴしゃりと、手元で扇子を鳴らした。


「よろしい!根拠を見せたらええんでっしゃろ?そんなにお望みならゆっくり見たらええがな、ネット社会言うのんがどんなに汚らわしいもんか!」


 ……はぁ?


 そう言うと、でん!とこちらにノートパソコンを向ける天神様。予想外の反応に俺と明石さんは、鳩が豆鉄砲食らったような顔でディスプレイを覗き込んだ。


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