第7話 名無しのエルフ
魔法界で最も栄える魔法都市─────ビイトガ。
そこのさらに中心部の神殿に使える衛兵の青年、ギルドはため息をついた。
この街に衛兵が必要なのか。
そうギルドが思い詰めるほど平和だった。
「おーい、ギルド!」
遠くから、金髪のそばかすが印象的な青年が走ってきた。
名は、ニーエル。
「なんだよ」
「護衛の仕事貰ったらしいじゃん。よかったな!」
悪意も邪念が何も感じられない、単なる褒め言葉だった。
「そうだけど…」
「そうだけど?」
ニーエルは何も知らないようなので、ギルドは最初から説明することに決めた。
「最近異世界転移生者が増えているじゃないか。転生者を受け入れる分、こっちは既存の住民を排出しなければならない」
「うん」
ニーエルが頷く。
「また、転移生者の受け入れがあるんだけど、そのために排出されるのが、〝名無しのエルフ〝なんだ」
〝名無しのエルフ〝とは、かつて世界を守ったらしいエルフのことだ。
目が大きく、垂れ目で無気力そうな眉毛。
ゆるりと揺れ続ける長いまつ毛に、夕日を閉じ込めたかのようなオレンジ色の髪。
背は小さく、顔もあどけない。
街でたまに見かける程度で、あまり街には来ない森暮らしのエルフだ。
ニーエルは首を傾げた。
「なんで護衛が必要なんだ?」
「彼女がすごい魔法使いだと恐れられているからだな。嫌がって抵抗する場合もあるからだ」
「そこまでするなら別の人にすればいいのにな」
ニーエルはそういうと、斧を持って向こう岸に走っていった。
(護衛、か…。)
王が〝名無しのエルフ〝を排出したがる理由をギルドは予想がついている。
それは────────、
「ギルド!早くしないと遅れるぞ」
重厚な声がギルドの思考を遮った。
今回の〝名無しのエルフ〝の護衛を共にするギルドよりも年老いた老衛兵である。
老衛兵はギルドの支度を待たずに神殿へと歩いていった。
**
神殿の大広間での沈黙が苦しくなってきたころ、〝名無しのエルフ〝が到着した。
大広間の奥には王が座っており、それに沿って衛兵が並んでいる。
「エルフよ、お前は人間界への転移が決まった」
王は話し始めた。
「どうして、ですか?」
長いまつ毛の下から、エルフがじっと王を見据える。
(とうとう、始まった…!)
ギルドの心臓は限界を超えていた。
ギルドは〝名無しのエルフ〝の物語をもっとも信じているものだったからである。
それでも、どこか落ち着いている自分がいることにギルドは驚いていた。
「魔法界の定員オーバーだ。それに、ここにいてもお前は何もしなかろう」
「そう、ですね。確かに私は何もしない」
エルフは静かに呟く。
「あなたたちは私に何をしたか覚えてる?私と仲間の功績を跡形もなく消した」
ギルドは思っていた。
王は、〝名無しのエルフ〝が動き出す前に厄介払いしたいのだと。
簡単言うと、勇者パーティーの魔王討伐を王が無かったことにした─────そう言うことである。
ギルドは〝名無しのエルフ〝と喋ったことがあるが、その時からは想像がつかないほど、刺々しさをエルフは放っていた。
「──別にいいです。私、ここから出ていきます」
ふぅ、とエルフが息を吐きながらいった。
その言葉に、周りは唖然としていた。
(あっさりすぎる……)
もっと王に対抗しないのか?
そんな疑問が頭の中に湧き上がってならなかった。
「──そうか、それなら───」
そこからは一瞬だった。
大広間には、〝名無しのエルフ〝がいた、その痕跡だけが残されていて、オレンジ色の髪の美しいエルフなど、どこにもいなかった。
〝名無しのエルフ〝は、魔法界から消えた。
***
あー、怒りに任せて言うんじゃ無かった。
〝名無しのエルフ〝と呼ばれる私は、路地裏で凍えながら立っていた。
ここの季節が冬なら、防寒具でも持たせてくれよ…。
ここは路地裏。
魔法が存在しない、人間界の。
「ん?あれ、ここになんか魔力の反応が…」
ゴミ箱の中から、微かに魔力を感じ取った。
不思議だ。
魔法が存在しないはずなのに。
ゴミ箱の中から、ぴょっこりと、二つの耳が飛び出した。
「こんにちわだタク!」
「……」
「ボクは電卓界からきたタックン!君は魔法少女に選ばれたんだタク!そして、電卓界を救って欲しいんだタク!」
「……」
「君の名前はなんだタク?」
「……」
「な、なにかいってほしいタク…」
──────目の前のカラフルな〝それ〝は冷や汗をかいていた。
⌘ ⌘ ⌘
「どうかしたか?」
青年が私の顔を覗き込んだ。
「なーんにも」
昔のことを思い出していただけだ。
私は今から、仲間を増やすために、魔物を倒しに行くのだ。
アサリ・シグレというロリコン少女を。
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