第3話

「電卓で移動するの?」

「もちろんだタク」

さっきのイケメンとは思えないほどの胡散臭さ。

これも一つの才能とでも言うのか。

「数を、0で割っちゃいけないのは知ってるタク?」

じっと、どこか馬鹿にするようにうさぎはこっちを見た。

「ん、そうだっけ」

「数の秩序の常識だタク」

ふうん…。

「たしかに、1とかを0で割ると、電卓の端っこにEってでる」

思い出したことを口にした。

「そうだタク。『エラー』だタク。その、数の秩序に逆流を起こすことで、異界へ飛ぶんだタク」

毎回言いにくそうにも『タク』をつけてくる。

「それぞれの世界には〈エリア・ナンバー〉がついてるんだタク」

ぴょんぴょんとうさぎが跳ねる。

「電卓界の〈エリア・ナンバー〉は、〈1115〉だタク。〈イイイチゴ〉って覚えるといいタク」

サスペンダーうさぎは饒舌に捲し立てた。

イイイチゴって…。

その世界の〈エリア・ナンバー〉を打ち込み、『0』で割るとその世界に飛べるらしい。

なんか、便利。

いつのまにかうさぎは、『1115』と電卓に打ち込んでいた。

いや、まてよ。

向こうに行ったら私、純粋無垢魔法少女にならなきゃいけないんだっけ?

無理…。

「ちょ、心の準備が…」

「ぽちっとな!」

うさぎは私の声をかき消す勢いで叫んだ。

『÷0』

『E 0』

耳元でカチカチと音がして、足元がぐらぐらする感覚に襲われた。

大きな波に攫われ、流されていく感覚が、体の中で蠢く。

─────気がつくと、何もない空間に立っていた。

床もなく、壁もない。

全てが透明で、遠くに宇宙が見える。

綺麗な場所もあるもんだ。

目の前には、電卓のボタンが埋め込まれているドア。

おそらくこれが、電卓界に通じる扉とでも言うのだろう。

なぜか、ドアの右側には、ドアノブがいろんな高さについている。

にしてもムカつくな、うさぎの自慢げな顔。

「あのさ、思ってたんだけど」

この先、魔法少女を演じることになる前に、聴いておきたいことがあった。

「世界の命運をわける魔法少女を連れてくるって結構大役じゃない?偉い人なの?」

「そうだタク。親父は電卓界の王、ボクは一応王子だタク」

一応、ね…。

王子にしては口遣いが荒いようで。

王子っぽくない。

「じゃあ、いくタク」

うさぎは、私の視線を遮るように声を張り上げると、一番低い位置にあるドアノブを回した。


目の前に広がっていたのは、水の大海原だった。

透明で、青くも、水色でも、オレンジでもない。

光によって色が変わり、太陽の光で水が弾けて、数字に変わっていく。

中でも一番目を引くのは水の粒子のゲートの先の城だった。

壁はガラスでできており、その中で水が波のように動いている。

水の粒子のゲートから、街道が真っ直ぐ伸びていて、一番近い街、城下町へと続いている。

「世界で一番美しい世界だタク」

「そう、だね」

認めてもらえたのが嬉しいらしく、うさぎは満足そうな笑みを漏らした。

笑顔まで胡散臭くなるの、どうにかなれ。

世界で一番美しい世界。

矛盾しているけれど、それが一番しっくりくるのは否めない。

「早く親父のところにいくタク。この姿はうんざりなんだタク」

いや、役作るのに時間かかる的なこと言ってたのそっちじゃん。

真っ直ぐ伸びる街道を、うさぎはてくてく歩いていく。

歩くたびに数字が弾け、ぱちぱち、ぴちゃぴちゃと音が鳴った。

この感覚が癖になってきた時、城に辿り着いた。

目の前に聳え立つ、圧巻のガラスの城。

ガラスは光を存分に反射させ、プリズムのように輝いている。

その中で動く水の粒子たちは、弾けながら滑らかに城の中を巡回していた。

またもや私の感動を邪魔するのが、隣にいるうさぎだった。

「さ、早く入るタク」

うるさいな。

この城には門番もいない。

みた感じ聖域らしいから、魔物も来ないのだろう。

平和な街なんだなぁ…。

城に入ると、静かな数の冷気が息づいた。

包まれているような、監視されているような、そんな感覚。

どこからともなく感じる安心感。

このうさぎ、ほんといいとこ住んでんな。

内側から見る水の粒子は圧巻で、動きながら電卓の形をつくり、壊し、魚になり…一日中見ていられるほど流動的だ。

うさぎに急かされ、ガラスの階段を上がっていった。

ガラスの中で水が波紋を作り、城へと振動が伝わっていく。

「この世界のものは、だいたい耐水性があるんだタクが、服とかは流石に無理だったんだタク。だから、こうしてガラスの中に水を取り入れることで、快適を保っているんだタク」

いわば、洞窟だそうだ。

洞窟のごとく年中おんなじ気温の家。

なんと羨ましい…。

ロリータ服の上からひんやりとした冷気を感じる。

「ちょっと寒くない?」

「これがいいんだタク」

「ふぅん」

すべすべとしたガラスを指でなぞりながら登っていると、開けた空間に出た。

その空間は、何メートルかずつに数段階段があり、カーペットが敷いてある。

ははーん。

この先に王がいるって感じかな。

王道すぎてなんだか得意げになってくる。

「王様、魔法少女を連れてきたタク」

王様、いわばロリコン親父。

ふかふかとした椅子に座っていたのは────三十代くらいの─────ショタ顔の王だった。

白い肌に、頼りなさそうな顔。

薄く、太い眉毛に、奥二重の聡明な瞳。

え、かわいい。

これはショタコン、ショタコン以外でも必ず好きになる顔だ。

なんか、ずるい。

思いの外若そうに見えるけど、年齢差どうなってるんだろう。

意外と歳なのだろうか。

「君が、魔法少女かな?」

王というか、王子っぽい。

魔法少女になりきる。

そんなの無理に決まってる…。

その間ずっと、うさぎは知らんぷりを続けていたのだった。



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