電卓ファンタジー。
七草小鳥
プロローグと旅立ち
第1話
「こんにちわだタク!」
「……」
「ボクは電卓界からきたタックン!君は魔法少女に選ばれたんだタク!そして、電卓界を救って欲しいんだタク!」
「……」
「君の名前はなんだタク?」
「……」
「な、なにかいってほしいタク…」
目の前のカラフルな〝それ〝は冷や汗をかいていた。
見た目ははっきり言ってうさぎ。
耳は左右で異なる色で、時間経過によって変わっていく。
ネクタイを締めていて、サスペンダーでぶかぶかのズボンをたくし上げ、白色の瞳を輝かせ、こちらの顔色を伺っていた。
なんだ、コイツ。
「……」
めんどくさいから、無視するか。
背を向けて立ち去ろうとした時、ウサギがぴょこりと立ち上がった。
……。
「勝手に帰るのは許さないタク。魔法少女は君しかなれないんだタク」
「……」
カラフルなサスペンダーうさぎは、かすかな殺気を放っていた。
魔法少女?なんだか、転移早々ヤバいやつに絡まれてしまったようだ。
人間界って、こんなのいるんだっけ。
なんだ、コイツ。(2回目)
語尾の「タク」もわざとらしく、なんだか変なヤツだ。
「返すわけにはいかないタク!」
ウサギが私に向けて指を指した。
ほんのりとうさぎの指先が光る。
──シュルルン!
馬鹿みたいに明るい光が私を包んだ。
気がつくと、両手両足をカラフルなリボンで拘束されていた。
結構きつめに、ガッチリと。
私はようやく口を開いた。
「ねえ、うさぎ」
「なんだタク?」
「私、何歳に見える?」
そうするとうさぎは、困ったように耳を揺らした。
不意をつかれたらしいうさぎは、ぱちぱちと目を瞬かせる。
耳の色が赤、緑の組み合わせに変わった時、うさぎは口を開いた。
「14歳だタクか?」
私は思わず笑いそうになった。
「全く違うよ」
手に力を込めながら私は答える。
うさぎは不敵にも耳を揺らしていた。
「何歳なんだタク?」
「───千年以上」
その瞬間私の手から炎が登った。
優美なその炎は、私の手足を自由の身にした。
「ば、ばかな。人間が魔法を使えるはずが」
語尾設定も忘れたうさぎは、白色の目を丸くしていた。
だと思った。
うさぎは、知らなかったようだ。
「私、エルフなんだよね」
エルフの特徴は、長く、尖った耳。
そして、長い寿命。
私はそれを隠してはいなかったけど、カラフルうさぎが知らなくて助かった。
「え、エルフ?」
明らかに素の声に戻ったうさぎが目を白黒させながら────ほんとに白黒させながら───繰り返した。
「マジで?」
明らかに妖精口調でなくなったうさぎは私を見上げた。
「ちょっとまってろ」
てこてこと、サスペンダーうさぎは角を曲がっていった。
なんなんだ、ほんと。
路地裏で魔道具探してたらうさぎ出てくるとか。
この世界、何?
ていうか明らかにあのうさぎロリコンでは?
魔法界にもロリコンは存在していた。
最近よくニュースになっていたっけ。
変人うさぎがいなくなってほっとしたのか、思考回路が一気に回り始めた。
ぴっかーん。
きらきらの可愛い効果音が、うさぎの向かった角から聞こえた。
どことなくやる気のない効果音だ。
てこてこという足音の代わりに聞こえたのは、革靴の足音だった。
かつ、かつ。
うさぎが向かった角から顔を覗かせたのは──────。
「……」
絶世のイケメンだった。
その青年は壁にもたれながら髪をかき上げており、そこから数本絹のような黒髪がほつれていた。
目が大きく、目元に泣きぼくろがある。
こんなイケメン、久しぶりに見た。
誰だろう。
まさか、うさぎ…じゃないよね。
サスペンダーとネクタイが視界の端に見える。
うん。
絶対に違う。
ちがう、と思いたい。
「あ、えっと…」
その青年は口をもごもごさせていたが、数分後、口を開いた。
「タックンだタク…」
今にも消えそうな声で青年はそう言い放った。
……ん?
うさぎ?
「ほんとに?」
こくり、と頷く青年。
なんだ、コイツ。(n回目)
「とりあえずここ、座りなさい」
私の座っている石の対に当たる石を指差した。
命令されたのが嫌だったのか、青年は不満げに石に腰を下ろした。
「……」
「……」
気まず。
「世界を救ってほしいっていうのはほんとだ」
やや棘を含んだ声で青年は説明を始めた。
「さっきの…うさぎは、魔法少女探しの手法で、俺の趣味ではない」
魔法少女探しの手法って。
うさぎに擬態して妖精の役をすることが?
そういうのが変質者では?
ロリコンじゃないのか。
「なんだ、ロリコンかと思ったよ」
「思うな」
青年が私を睨みつける。
ほんとに不本意の変装って感じかな?
ていうか、電卓界的なこと言ってたよね。
「電卓で魔法を使う世界。それが電卓界と呼ばれる世界だ」
なんかコイツの顔、見れば見るほどうさぎに見えてくるな…。
「聞いてるのか?」
「ん?あ、うん」
びっくりした。
聞いてはいた。うん。
絶対に。
「電卓で魔法なんて、変な世界だね」
「───魔法少女を必要としたのは、親父の趣味だ。別にただの魔法使いでもよかった」
青年が私の感想を無視して続けた。
魔法少女を必要としたのは親父の趣味?
親父、ヤバいやつじゃん。
え、親父がロリコンだったんかい。
「だから夜な夜な魔法陣をかいて…やっと呼び出せたのにエルフだったなんて…」
なんか、可哀想だ、コイツ。
ロリコン親父は辛そうだ。
まぁ、私もロリコンですけどね…。
そのことは言ってもないし、隠してもいない。
話すのが苦手で、心の中で語るタイプだから、あんまり人とも関わってこなかった。
「ロリは好きだけどロリになるのはやだよ」
「そうだよな────ん?ロリが好きっていった?」
「ううん」
青年は不思議な顔をしたが、追求はしてこなかった。
「ねぇ、電卓で魔法使ってみてよ」
電卓による魔法技術は魔法界では明らかにされていなかった。
というか、電卓自体あまり流通していなかったのだ。
「無理だ、今、夜だから」
そうだ。
今、夜なのだ。
少女たちを怪しい路地裏に転移させるのは不正行為じゃない?!
「でも魔法で動くんでしょ」
「魔法が全てじゃない。太陽光も取り入れていて、光の屈折と魔力の粒子の鱗片が混ざり合うことによって、エネルギーが発生する」
電卓に誇りを持っているのか、やけに饒舌になった。
「魔力だけでも動くが、膨大な魔力がない限り一回で瀕死状態になる。日光のパワーは偉大だ」
なんか、聞いたことのある原理…。
ま、いっか。
「ところでタック────」
「タクヤ」
「変わんないよ」
「いや、変わるね」
青年の名前は、タクヤというらしい。
タックンじゃん。
変わんないよ。
まあいい。
青年って呼ぼう。
「まぁ、いいよ。電卓界?救ってあげる」
どうせ、ここにいてもやることないしね。
魔法は表立って使えないし。
どんな状況に陥ってるかは知らないけど…。
「マジで?」
青年は目を輝かせた。
可愛い顔するもんだね。
うさぎっぽくて。うん。
「服、これなんだけど…」
そう言って渡されたものに、私は立ち尽くすしかなかった。
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