私は付喪神としてこの建物に住みついてからすぐ、住み込みでこの店を管理していた男の方に見つかってしまいました。


 もちろん付喪神として建物から得た知識で彼が霊感を持っていることは知っていましたから、驚くことはもちろん、特に気にするつもりもありませんでした。だから人の姿は取らずにただ漠然と存在していただけ。しかし、しばらくしてからふと興味を覚えたのです。どういった気持ちで付喪神様を受け入れるようなことをしているのか。


 すでにここにはかなりの数の付喪神様がいらっしゃって、ちょっとした神社ほどの神性を有しています。しかるべきまつりごとをしておらず、ただの建物でしかないこの場所にこれだけの力が集まってしまうことの危うさを彼は理解していたはず。それでも、収集をやめようとする素振りは一切ありませんでした。


 どうしても気になった私は、由奈さんにお見せした姿をとって接触を図ることにしました。この建物に満ちた力は全てではありませんが、私もある程度自由に利用できましたから。姿を見せて言葉をかわすことはたいして難しいことではなかったのです。


 さすがに彼もこれは予想外だったようで、私を見て呆然と立ち尽くしてしまっていました。しかし、話を聞いて彼は笑ったのです。「そのようなことで僕の前に姿を見せてくれたのか」と。


 私としては決して〝そのようなこと〟で片づけられることではないものですから問い詰めたのですが、相変わらずへらへらと笑うだけで。


「いつの日か、私たち付喪神とともに現実から離れてしまうことだってあり得るのですよ」


「もし現実から本当に離れることがあれば、きっと建物の概念と君たち神だけだろう。僕やこの建物自体が現実からすっかり消えてなくなるなんてことはないはずだ。きっとそうなったとき、君たちの方にはさらに付喪神が来店するようになるだろう。僕はむしろそれを望んでいるんだ」


 私には彼が言っていることはよくわかりませんでしたが、それでも言っていたことは正しかったのです。


 当時はまだ付喪神様が宿っているというだけで運び込まれていました。そのためしばらく眠らない方もちらほらといらっしゃって、彼らの談笑する声でにぎやかな空間でした。私も時々その輪に入れていただく機会があったのですが、一度だけ彼がその様子を見にいらしたことがあったのです。手入れをしている最中に偶然通りかかっただけの可能性もありますが、彼は私に優しい笑みを向けてくださいました。


「その様子なら君は一人になったとしても大丈夫だろうね」


 きっと、こうして彼のいない店となった場合でも私が役目を引き継いでいけるだろうという意味だったのでしょう。


 この会話からほどなくして、人と我々は同じところにいながら相容れることのない関係となってしまいました。現実世界で新たにいらっしゃった付喪神様も、気づけばこちらの世界へと引き寄せられているようでしたが……ある時を境にぱったりとそちらの世界のお店からこちらへ来ることが途絶えました。恐らくはあの店主が他界したのだろうと思います。


 ですが、そちらのお店が付喪神専門店としての役目を終えたとしても、私はこちら側の店を閉めるつもりはありません。私は一人になりましたが、こうして彼に言われたように一人でもこなすことができるのです。


 由奈さんからいただいた懐中時計に宿る付喪神様と同じで、建物が担っている役目を私はこの建物から力が失われない限り果たし続けることができます。


 まだ私は必要とされている。付喪神にとって、これほど幸せなことはないのです。

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