第3話:ミルの幸福理論―『功利主義』で考える正しい選択―

朝早く、エマに起こされたテルは眠い目をこすった。


「起きてください、テル。時間です」


窓の外はまだ薄暗い。スマホを見ると午前6時だった。


「まだ早朝じゃないか...」


睡魔と闘いながら呟く。テルは朝に弱い。現実世界では、それが原因で死んだぐらいだ。


「1日は計画的に過ごさないといけません。無駄な時間を減らして、有益な時間を増やすんです」


エマは金色の懐中時計を手に持っていた。


「6時10分までに着替えて、6時20分に洗面所で顔を洗い、7時に朝食です」


エマの口調は優しいが、決意が感じられた。


「そこまで細かく決めなくても...」


「時間の管理はとても大事です。時間には限りがあって、その使い方が幸せを最大にする鍵なんです」


エマは手帳を確認しながら言った。


「7時30分ちょうどに学院に向けて出発します。遅れないでくださいね」


そう言い残して、エマは深青のジャケットを羽織って、先に部屋を出ていった。ドアが閉まる瞬間、彼女の肩にかかった銀色の髪がふわりとなびいた。


———


時間通りに準備を済ませ、朝食を取った。1階の食堂は石造りで、木製のテーブルが整然と並んでいた。


「あの道具は使えないんですか?」


エマがスマホを指して尋ねた。


「ネットがつながっていれば使えるよ」


「ネット?」


エマは首を傾げた。テルがスマホを取り出すと、バッテリーは15%、サンデラの約束通り電波は入っていた。


「何かやってみてください」


エマが期待に満ちた表情を見せた。


「何か…と言われると困るな。基本、何でも出来る道具なんだけど…」


俺がどのアプリを立ち上げようか迷っていると、エマがすかさず懐中時計を取り出し、確認した。


「その件はまたあとで。7時28分です。そろそろ出発しましょう」


———


石畳の道を15分ほど歩くと、立派な建物が見えてきた。


「あれが王立学院です」


エマの声に誇らしさがあった。


中央には高い時計塔があり、煉瓦造りの校舎が広がっている。校門には「幾何学を知らぬ者は入るべからず」と書いてあった。テルは思わず引き返しそうになったが、エマに引っ張られて先に進む。


校内では、制服姿の生徒たちが秩序よく歩いている。みんな静かで、テルを見る目には好奇心と警戒心が混じっていた。


「まずは生徒会室に行きましょう」


「エマは生徒会長?」


「違います。副会長です」


エマは少し照れたように答えた。


木製のドアをノックすると、中から小さな声で「どうぞ」と返事があった。


部屋に入ると、本が並ぶ小さな図書館のような空間だった。窓際の机に一人の少女が座っている。


細身で小柄、12、3歳くらいに見える。栗色の髪をボブカットにし、大きな青灰色の瞳が印象的だった。胸元には四つ葉のクローバーのブローチが光っている。


https://kakuyomu.jp/users/takakurak/news/822139839089333948


「おはようございます、エマ」


少女は落ち着いた声で言った。見た目より大人びている。


「おはようございます、ミル」


「こちらの方は?」


「東方からのお客様で、テルさんです」


「ミリエル・ジャスティスです。ミルと呼んでください。生徒会で会計を担当しています」


ミルが立ち上がった。身長は140cmくらいだろうか。


「ミルはJS…いや小学生なんですか?」


思わず口にすると、ミルの顔がみるみる赤くなった。


「失礼なことを言う方ですね。私はれっきとした王立学院の生徒です」


「ミルは10歳で入学した天才なの。外国語もいくつもできるわ」


エマが補足した。


「すみません。見た目で判断してしまって」


「気にしないでください。よくあることです」


ミルは寛大だった。


机の上には厚い本が開いてあった。


「どんな本を読んでるの?」


「『功利主義こうりしゅぎ』の基本原理についてです。みんなができるだけ幸せになるにはどうしたらいいか、について書かれています」


ミルは本を閉じると、鞄から小さな箱を取り出した。


「ちょうど良いところで休憩です。ケーキ、食べますか?」


箱から取り出したのは、一個だけの宝石のように美しいケーキだった。クリームと果実をあしらった、職人技が光る逸品。その甘い香りが部屋中に広がる。エマの表情が思いがけず輝いた。

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