第2話:エマと『純粋理性』―同じベッドで眠る理由―
エマが食べ物を買いに出ていった。テルは一人になると、枕元に置いてあったスマホを手に取った。
バッテリーは17%。電波も入っている。女神サンデラの言葉は本当だった。
充電しなければ。テルはあのポーズを取り始めた。
「エレキテル...エレキテル...」
そのとき、突然ドアが開いた。
「何をしているのですか?」
バスケットを持ったエマが立っていた。テルは慌てて動きを止めた。
「いや、その...忘れてくれ!」
「不思議な習慣ですね。あなたの国の踊りですか?」
エマは首を傾げた。そのとき、スマホの画面が点灯する。バッテリーが18%に増えていた。
「それは何ですか?」
スマホを見たエマが興味深そうに近づいてきた。簡素だが清潔な白いブラウスと紺色のスカートが、彼女の凛とした雰囲気を引き立てている。
「これは...科学だよ。理性的で合理的な技術の結晶さ」
エマの瞳が輝いた。
「私の知らない新しい技術ですか?」
彼女の声は好奇心に満ちていた。
「そうだね…これは…液晶画面と半導体が…」
テルには、ぼおっとした頭でスマホについて上手く説明できる自信が無かった。下手をすれば異世界から来たとバレてしまう。テルは話題を変えた。
「それより、お腹が空いてるんだ」
エマはバスケットを差し出した。中には黒パン、チーズ、赤いリンゴが入っていた。
テルがパンを食べながら、エマに尋ねた。
「この世界のこと、もっと教えてくれる?」
エマは椅子に座り、背筋を伸ばした。
「フィロソフィア王国は理性を大切にする国です。王立学院で哲学を学んだ人たちが国を治めています」
「哲学者が政治家になるの?」
「はい。物事の本質を考える人こそが、国を導くべきです」
エマは熱心に語った。
「エマも将来は政治家に?」
「いいえ、私は教師になるつもりです。人々に正しく考える方法を教えることが使命だと感じています」
エマの目に強い決意が宿っていた。
「先生か。似合いそうだな」
エマは少し照れたように頬を赤らめた。
「あなたはどうするつもりですか?行くところはありますか?」
「実はないんだ」
エマは少し考えてから言った。
「当面は、私の部屋にいてもらって構いません」
テルは驚いた。
「その代わり...その不思議な道具について教えてください」
彼女の細い指先がスマホを指さす。
「それだけでいいの?」
「知識は何よりも価値があるものですから」
エマの瞳が好奇心で輝いていた。
「わかった」
「約束は守ってくださいね。嘘をつくことは、みんながしたら社会が成り立たなくなるので良くないことです」
「定言命法だね」
「もう覚えたのですね」
エマは嬉しそうに微笑んだ。
テルはベッドに横になった。女神サンデラの「自分を救ってください」という言葉が頭に浮かぶ。
「ゆっくり休んでください。明日から、あなたのフィロソフィアでの生活が始まります」
エマの静かな声が心地よかった。
「明日はあなたを王立学院にお連れします」
「おやすみ、エマ...ってどこで寝るの?」
エマは当然のように答えた。
「ベッドが一つしかなければ、答えは自明ですよね」
「いや、自明って...」
「『純粋理性』を持った者同士なら、何も問題ないでしょう」
エマは小さなランプを消した。
「それに、夜は冷えるので。お互いの体温を共有するのは理にかなっています」
月明かりの中、エマがベッドに腰かけた。ラベンダーのような香りがした。
「では、失礼します」
エマがベッドに横になる。隣に感じる温もりに、テルの心臓がドキドキした。
「純粋理性...」
テルは何度もそう呟きながら、異世界での最初の夜を過ごした。ゴブリンの餌になるよりは、ずっとましだと思いながら。
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