21 出入り
四月も下旬となり、学校生活にもだいぶ慣れてきたところで中間考査がやってくる。
ハザ高のそれは好き嫌いが分かれるもので、1限50分の時間枠に2科目のテストを詰め込んでくる。1科目あたり25分、いや頭の切り替えも考えると20分で済ませなければならない。
その分、テストの出題量も少ないが、このような
事実、昼休憩のチャイムが鳴ったにもかかわらず、みんなぐでっとしていた。
今日の授業はおしまいだし、金曜日でもあって、したがって今から休日だというのにね。
「これから部室に行くのだけれど、妹尾さんはどうする?」
「二人ともタフだね……」
「家が厳しくて慣れてるからねー」
「私と結実は参考にしない方がいいわよ」
ざっと教室に見回してみると、九割はバテてる様子。
逆を言えば、残る数名は慣れてるのだろう。学年首席を狙えそうな男子と、実家の飲食店を手伝ってる系女子。あと朝倉が女装すればいけそうなどと評していた土田達也君は本当にプロゲーマーらしくて、まだまだ余力がありそう。凄い人もいるものね。
<籠もるか>
凄い人の筆頭、朝倉はというと、何やら意味深な決心をしている。
「今日はパス。ゆっくりご飯食べて帰る」
「あいよ」
荷物はそのままに、結実と教室を出る。
交差点――教室と階段と渡り廊下の分岐ポイントで、進路が分かれた。
「先に食べようよ。ぺこぺこ」
お腹をさする結実。本当無警戒というか無関心よね。それで胸が強調されてて、通りがかる男子が見てるわよ。
それはさておき、朝倉の動向が気になるが、残るつもりなら焦ることもあるまい。
「私はあまり空いてないのだけれど」
「今朝いっぱい食べてたもんね」
最近の朝はいっぱい汗を流してますので。
「まあいいか。部活の話もしながら食べましょう」
「……ちーちゃんはひとりで部室行ってて。無理してついてこなくてもいいよね、うん」
「気が変わったわ。一緒に食べる」
「えー」
同好会の活動はさっさと前倒しにしておきたい。
最低限、結実がひとりでも進められる程度には。
杞憂ならばいいのだけど、たぶんそうはならないから。
怪物の歩みは早い。ちんたらしてると、一瞬で引き離されてしまう。
空いている食堂の雰囲気が好きだ。巷のカフェか、フードコートにも似ている。
よく見ると、教職員の利用者が多いことに気付く。もう学校は終わりで、いわば午後休を取れたようなもの。激務になりがちな学校勤務において、ハザ高は天国なのだろう。その分、テストを圧縮されてる生徒は悲鳴を上げてたけど、一年もすれば慣れるし、慣れたら一生の財産になる。良い塩梅。
「――お嬢様の表と裏」
さっきから私は結実のタイトル決めに協力している。
昨日も頑張ってキャッチアップしていたのは知っているし、心の声も聞いちゃったけど、脳筋派の結実はまずは書いてみる方向に倒したようだ。それはいいとして、
「私をネタにするのはやめてもらえる?」
「あれれぇ、文芸活動の代表なのに、この程度も許していただけないのですかぁ?」
「無駄に声真似が上手いわね」
この調子なら結実は自立できるだろう。あかりもすでにひとりで盛り上がってるし、まさに意図したとおりだ。
私も作品は書かないといけないけど、苦手なわけではない。どうとでもなる。
というわけで本題に専念しますか。
朝倉もなぜか食堂に来ていて、席もそう遠くはなくて心の声もギリ拾えていた。
結実と会話しながらも覗いていて、それでわかったのは、籠もらんとする朝倉の真意。
――買い出しするか。
――放課後居座る事情は、シャッフルダンス同好会を隠れ蓑にする。
――荷物の補完場所も開拓せねば。特にカメラ。
どうやら学校に潜伏して一泊するつもりらしい。
夜間、静まり返った後に堂々とカメラを仕掛けるつもりね。今時のカメラはタイマーや省電力も搭載していて、金曜日夜に仕掛けても月曜日に動作させることは可能のようである。私のかんたんな調査でもそうなのだから、朝倉にできないはずがない。
そうなると、私の立ち回りも自ずと絞られてくる。
「結実。今日はこれ以降、席を外すからよろしくね」
外泊の可能性がある旨も込めてある。
「いいけど、最近ひとり行動が多いね?」
「まあね」
「遠慮なく頼っていいからね」
「ありがとう。今のところ、家の方をカバーしてくれることを期待するわ。助かっています」
「ん」
結実は親友であり、妹でもあり姉でもあって家族以上に近しい仲だけど、それでも言葉は必要だ。
佐倉家の帝王学でも学ばされたが、人間は忘れる生き物であり、ネガティブに推測する生き物でもある。わかりきった関係であろうと、定期的に言葉で補強しなければひずみが生じていく。帝王学というより、円満な夫婦の秘訣という気がしないでもないけれど。
私は急いで駅前のタワマン――現住居に帰宅し、仕事用のパソコンを休止状態から復帰させる。
佐倉グループのイントラネットからハザ高のエリアにアクセスする。
社員『佐倉千尋』は、ポジションで言えば本社の役員級だ。社外秘程度ならどのグループ会社の情報も閲覧できるし、仕事として絡んだ場合は経営層限定の機密も見れる権限さえもらう。ハザ高はちらほら絡んだこともあって、実は深いところまで見れた。
知りたいのは学校のセキュリティ情報だ。
程なくしてドンピシャの資料にありつく。
「――なるほどね。思ってるより現代的だわ」
まずハザ高はデジタルデータのセキュリティを最重視している。
そもそも貴重品を物理的に残さないことが大方針であり、教職員も結構厳しめのIT教育を受けたり資格を取らされたりしているレベルだ。何なら業務として教育受講も課されていたりもする。学校というよりは会社なのよね。
その成果もあって、担任を持たない教職員はリモートワークも可能だし、授業すらリモートで行うこともありうる。この先、私たちも目にすることになるのだろう。
「問題はここから」
今欲しいのは物理的なセキュリティの状況。
敷地内は物理的に多層のセンサーでガードしているようだ。
敷地全体を囲うように赤外線センサー。
一階のすべての窓に開閉センサー。
職員室や学長室などクリティカルな部屋については扉と窓の開閉センサー、窓ガラスの破壊センサー、また天井には人感センサーがついている。
いずれにせよセンサーに引っかかると警告音が鳴り、外部委託した警備会社に連絡が行く。
誤報の可能性もそれなりにあるため、一度鳴ったら即座に急行するのではなく、少し様子を見てから判断するらしい。誤報でないなら複数回は鳴るとの経験則がすでにあるらしくて、事実上複数回鳴るかどうかが目安だ。
「監視カメラが少ないわね」
生徒からも教職員からもプライバシーがうるさくて、あまり固められなかったらしい。議事録を見ると、上層部もデジタルの方が大事ということであっさり承認している。
結果として、監視カメラがあるのは玄関や通用口など出入口だけだ。
また、一部生徒や教職員が夜間も活動することがあって、特に昔は誤報も多かったもよう。そのせいで普段生徒が使うエリアはほぼノーガードである。その手前で固めればいいとの発想らしい。
「まずいわね……」
センサーも所詮は市販品にすぎず、物理的な装置として設置されている。日中にすべて把握するのは難しくないし、把握しきれればスルーは容易い。
把握しきったという前提なら、私でも出入りできそうだ。私とて校内の地形は頭に入れている。少なくとも三箇所はすぐに思いついた。なら、朝倉にできないはずがない。
というより、もうクリアしてるのよね。
「てっとり早く朝倉を抑止したいなら、センサーの設置を強化すればいいのだけれど」
現実的な提案はできそうにない。私ひとりでは妥当な理由を準備できない。
無論、家の力で強引にやらせるわけにもいかない。
とりあえず情報は揃ったし、頭の中にも配置できた。
ノートパソコンを閉じて、伸びをする。制服はまだ着替えない。
2LDKの空間を雑に歩き回る。歩きながら考えるのが好きなのよね。どの部屋も、廊下も、玄関も漏れなく綺麗だし、整理整頓も行き届いているのは結実のおかげだ。歩きやすい。
さてと、どうしたものか。
と、悩むふりをしてはいるものの、内心はもう決まっていて。
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