20 部長

「文芸部部長の朝倉さひろと申します」

「文芸同好会代表の佐倉千尋です」


 校内でも指折りの有名人にして美人でもある三年生と握手を交わす。


(手のひら、分厚っ!?)


 済ました顔をしているけれど、心の声はずいぶんと賑やかそうね。


「よろしくお願いしますね。ご用件をうかがいましょう」

「同じジャンルってことで、ご挨拶に来ました」

「先輩ですし、敬語でなくても大丈夫ですよ」

「それじゃ遠慮なく――つか間近で見るとマジ可愛いね。お人形さんじゃん」


 吐息が触れる距離がまじまじと見つめてくれる。ここまで気後れしない人は久しぶりで、「よく言われますよ」私も調子に乗ってしまう。


「お邪魔しまーす。お、ちゃんとやってんね」


 頭の後ろで手を組むさひろ。胸元が強調されて大変なことになっているし、ブラウスのボタンも結構外してて油断すると谷間も見えちゃう塩梅だ。


(はしたなく見えちゃうかな。身軽なのが好きなもので)


 視線にも鋭いし、慣れてるわね。

 私も美人で胸も大きいカテゴリーだから気持ちはわかるけれど、面倒のために隠す努力をするよりも開き直って自分らしく在ろうとするタイプのようね。結実タイプ。


「ウェブにライトノベルを投稿する活動に専念してるんです。といっても、まだライトノベルを知らないので、まずは読書ですね」


 結実とあかりは軽く会釈しただけで、作業に戻る。

 冷たいようにも見えるが、さひろには好印象の模様。わかるわ、ちやほやされがちだからこそ、普通の赤の他人として扱ってもらえると嬉しくなる。


「さっちゃんって呼んでいい?」

「名前で呼んでもいいですよ」

「んーん、そっちはやめとく。弟も同じ名前だし」

「朝倉君ですね。私はどう呼んでいただいても構いません」


(千尋をたぶらかしてるのよね)

(真意を探らねば)


 なるほど、そっちが本音ね。ブラコンというよりは本当に心配しているように聞こえる。

 どちらかと言えば、私がたぶらかされてると思うけど。


「じゃあさっちゃんで――さっちゃんってさ、もしかして部活動が嫌で、最低限で済ませたいタイプだったりする?」

「ご明察です。最低限で済むあり方を考えて、こうなりました」

「いいなー。私は同好会の存在に気付けなかったから文芸部に入っちゃった」


 同好会の概念は当事者秘密――生徒間でも無闇に漏らしてはならない扱いなのだけれど、今週から緩和されて校外秘になっている。それでも公にはなっておらず、もし入りたいなら何らかの伝手から存在を知った上で、部長にお願いする必要がある。

 さひろはこのハードルを越えるのを諦めて、文芸部で楽をすることを選んだのだろう。


(千尋もしれっと同好会つくってやがったし)


 だからこそ、初日で同好会の創設を通した朝倉が異常なのである。

 ブラコンの妹とは違って、さひろは弟を多少は訝しく思っているようね。ぜひとも仲良くしたい。


「あまり文芸には興味がなさそうですね。文芸部で何をされてるんです?」

「IT担当かな。パソコン周りを整えたり、ウェブサイトつくったり、電子書籍のつくりかたを開拓したりレクチャーしたり」

「作品は書いてない?」

「書いてないし、あまり読んでもない。部長として語れる程度のキャッチアップはしてるけどね」


 部活や文芸の話では限度がありそうだ。


「良かったら、少し散歩しませんか?」


 何の熱もこもってない横顔に提案する。

 それがこちらを向いて、微笑で応える。


「食堂でいい? 小腹空いた」

「構いません」


 二人を放置して、部室を出る。


 しばし無言で歩く。

 階段に差し掛かり、降りて、一階まで降りきってもさひろは口を開かない。

 沈黙を気にしないタイプでもあるらしい。心の声は忙しなく浮かぶようだけれど、精神的には高校生と思えないほど安定している。普通に雇いたいくらい。


 ……と、品定めはこれくらいにして、本題を切り出しましょうか。


「――単刀直入にお聞きしますが、本当の目的は何です?」


 さひろは文芸に限らず私にすら大した興味がないし、交友だの人脈だのといった打算の気もない。

 ならば、こちらとしてもやりやすい。


「鋭いねさっちゃん。何だと思う?」

「朝倉君ですか」

「正解」

「もしかしてブラコンなんですか?」


 大げさに忌避感を演出してみると、あははと腹を抱え出した。「まひろじゃあるまいし」そうよね。仲良さそうだったし、一昨日の出来事も共有しているとは思ったわ。


「でも、あながち間違いじゃないかも」


 特別棟を出て食堂に向かう道すがら、さひろはふと立ち止まる。

 視線の先は――第二体育館。おそらくシャッフルダンス同好会として活動中の弟、朝倉千尋に馳せているのだろう。


「家族にこんなこと言うのも変かもしれないけど、私は千尋に興味があるんだよね。たぶんさっちゃんと同じ」

「同じ、ですか」


 さひろが歩みを再開する。朝倉を見に行くつもりはないらしい。


「普段会話したり様子を見たりするだけでは物足りない、ということですか?」

「そうそう、家族なのに全然素を見せてくれなくてさ」

「先週、鍵でグリグリしてましたけど、さひろさんには心を開いてるように見えました」

「態度に遠慮がないだけよ」


 言い得て妙だ。

 朝倉との付き合いは短いし、大半は一方的に心の声を聞いてきただけだけれど、それでも彼の分厚い仮面を痛感させられた。


「さっちゃんは千尋をどう見る?」


 無論、千尋とは朝倉千尋のことだ。同名であっても、さひろにとって千尋は弟を指すものであり私ではない。だからさっちゃんとのラベルをつけて、わかりやすく区別した。


「男子高校生とは思えない落ち着きっぷりですね」

「私にしごかれてるし、まひろにも懐かれてるから女子には慣れてるよ」

「その点を踏まえてもです。なら堂々としてればいいのに、女子慣れしてない陰キャの男子を演じているきらいがあります」


 ネットスラングが通じるかわからなかったけれど、「あーそれ」こちらの造詣も深そうだ。


「まだやってるんだ」


 食堂に到着し、さひろはサンドイッチを注文。

 私は何も頼まなかった。ベストなコンディションでベストなパフォーマンスを出せるようにしておきたくて、コーヒー一杯の影響さえも気にしたいから。


 注文する間もさひろは詳しく教えてくれた。

 朝倉の陰キャムーブは中学時代から健在で、一年生のある時期はイジメに近いイジリをされていたこともあるらしい。一方で、本当はクラスのアイドルすら眼中にないほど達観していて、偶然その様子を見た女子に惚れられて告白されたこともあるんだとか。


「姉として助けようとはしなかったんですよね」

「全然気にしてなかったからねー、姉ちゃんの方がうざいって言われた」


 サンドイッチをむしゃむしゃ食すさひろの表情は柔らかい。

 よく見ると、味ではなく会話に連動している。


「今はさひ姉って呼んでますよね」

「呼ばせてるの。気まぐれと嫌がらせ」


 さひろはしばし、もぐもぐと勤しんでいたが、急に私を見据えてきた。


「千尋をいじるのは楽しいけど、程々にしてあげてね」

「どういう意味です?」

「あなたが折れないかを心配してるってこと」


 口元は動かしたままだが、芯の伴った双眸が私を掴んで離さない。


 ――試されている。


「逆に問いたいのですが、さひろさんは朝倉君に何を期待してますか?」

「期待はしてないし、するべきでもないでしょ。家族なんだし」


 羨ましいわね。佐倉家はそうは行かなかった。

 今でこそ平凡な高校生活を勝ち取れているけれど、期待という名の重圧ばかりで本当うんざりだったから。


「ただ知りたいだけ。千尋は何を見ているのか。どこを見ているのか」

「それこそ余計なお世話ではないでしょうか」

「余計でいいんだよ。私の身勝手な好奇心だし」


 付属のプチトマトを指先で愛くるしく転がす。


「妹の次に可愛い可愛い弟だもの」


 こういうとき、私は卑怯だなと感じる。


 私は人の心を読めるから。心の声を聞けるから。

 決して万能ではないし、朝倉のようなプロフェッショナルには大して通じもしないけど、それでも規格外の超能力に違いはない。その気になれば、政治の営みが含まれる界隈であればどこででも頂点を取れる。

 佐倉家と読心。私は二物を与えられたチーターなのだ。


 そんな私だからこそ知っている。

 彼の裏の顔――プロフェッショナルの撮り師という事実と、今まさに活動中であることを。


 といっても、まだまだ知らないことの方が多いのだけれど。

 たとえば、あの驚異的かつ脅威的な身体能力と精神性は相変わらず意味不明だ。すり足は何とか掴めたが。


「もっと本気で突き止めようとはしないんですか?」

「手段を選ばず?」

「はい。同じ屋根の下なのですから、やりようはあるはずです」


 まひろもそうだったが、さひろの心の声を覗く限りでも、特殊な家系という線は無い。

 少なくとも朝倉は姉妹とは完全に距離を置き、裏の顔と能力を長年隠しきれている。いや、身体能力はたぶんある時期までは一緒にかつ熱心に鍛えていたっぽいけれど。



 ――もうだいぶ前からあたしの方が速いんですけど、悔しいんです。


 ――おにいちゃんはもっと速くなれるのに。



 たぶん朝倉の方から距離を置いたのでしょうね。

 だいぶ前とのことだから四、五年は経ってそうよね。そのときに盗撮と出会ったのかしら。


「家族だし、私にも人生があるからねー」


 他の収穫は無さそうね。

 そりゃそうか。私ですら歯が立たない相手に、いくら二歳年上で姉だからといって一般人が勝てるわけがない。おかしいな、朝倉も一般人のはずなんだけど……。


「それでいいと思います」

「さっきからわかりやすく探ってくるね」

「ええ。利害が一致してると思ったので――しかし期待はずれでした」

「私に暴いてほしいの?」


 長らく転がしていたプチトマトをあーんしてきた。普通に要らないです、というわけで首を横にふるふるしておく。


「そのつもりでしたけど、その程度ならやめた方がいいかもしれませんね」

「ふうん」


 さひろはプチトマトを掲げて、透かすように見つめる。

 指先にかすかな力が加わり、小さな赤玉が歪んだ。


「さっちゃんは千尋に何を見てるの?」


 盗撮の話をするわけにはいかないので、


「パンドラの箱」


 とだけ言っておく。


「開けてみたいの?」

「わかりません」

「わからないんだ」


 申し訳ないけれど、私と朝倉の聖域でもあるのよ。

 社交で鍛えたアルカイックスマイルでこれ以上追及を阻止する――といっても、さひろも真面目に戦う気はないようで、わかりやすく興味を逸らしてくれた。

 まひろもそうだけど、朝倉家、私に全然興味示さないわよね。逆に私の方はだいぶ好感触なのだけれど。


 さひろは器用に自らに照準を合わせると、デコピンで弾く。射出されたプチトマトは無事口の中に収まった。行儀悪いわね。

 しかし身体センスは抜群らしい。コントロールもそうだし、舌で受け止めたのも見えた。こういう細かい制御のセンスは才能として現れる。ご両親についても知りたいところね。


「良いトマトだね」


 そうでしょう。当グループの指示で特に力を入れさせた部分だもの。北海道産のミニトマトですわよ。


「協力できることがあったら言ってね。可能な範囲でやる」

「そのつもりです。ありがとうございます」

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