9 ジャブ

「――ひとり減っちゃったけど、朝倉君はどうかしら? 一緒に同好会しない?」

「そうそう。やろうよ、ちーくん」


 結実が庇護欲マシマシで朝倉に働きかける。いきなりあだ名で詰める距離感はどうかと思うけれど、この場面では正直助かる。

 対して、あかりは特に介さずといった様子。コーヒーのおかわりで席を立つほどで、朝倉への興味の無さを隠そうともしない。


「もうちょっと考えさせてほしいかも……」


 見た目に騙されてはいけない。朝倉千尋は正真正銘の怪物だ。

 理詰め、感情への訴え、色仕掛け――最後のは比喩だけど、何をしてでも巻き込んでおきたいところ。でも結実もあかりもいる。これ以上の固執は不自然だ。


 しかし、一つだけ突破出来うるルートがあった。


「朝倉君。ごめんなさいだけど、もう一歩踏み込ませてもらうわね」


 朝倉は頑なに目を合わせようとしないけれど、よく観察すると、机やグラスの反射から私をうかがっている。

 心の声は聞こえてない。お得意の言語化ベースの思考とは違った、頭の使い方をしているのだろう。雑に言えば右脳モードだ。それはつまり瞬発的に頑張らねばならない状況ということであり、私の追い込みが効いているということ。


「さっきお姉さんが来てたけど、お姉さんもたぶん内向的な朝倉君を心配してるんだと思う。余計なお節介かもしれないけれど、私もそう思う。内向的すぎると、いざってときも頼れなくて辛くなるから」

「ちーちゃんも頼るの下手くそだもんね」

「いい話してるから黙ってて――でも結実の言うとおり、私もまだまだなんだけどね」

「そうだよちーちゃん、もっとわたしに頼りたまへ!」


 結実が胸を張って、えっへんと叩いてみせる。

 笑顔と明るさには引力がある。朝倉も顔が上がり、その視線が吸い寄せられるのが見て取れる。


(おっぱいでかっ)


 うっかりあかりの心を見てしまったけど、とてもよくわかる。もっと胸を小さく見せる技術バスト・マスクしなさいと再三言っているのだけれど、窮屈なのも嫌だし、自分の身体を誤魔化す意味もわからないと言って聞かない。


<体幹はまずまず。敵じゃない>


<警戒すべきはやはりお嬢様>


 なんでそうなるのよ。着眼点がおかしいし、あれだけでなんで体幹がわかるのか。

 相変わらず私のこともレッテルでしか呼ばないし。


「さ、さく――結実さんもありがとう」

「桜坂です」


 そこは結実でいいとは言わないのね。快活なキャラクターの演技が甘いわよ結実。


「桜坂さん。あ、佐倉さんも」


<お節介は要らねえんだよハゲ>


 表と裏の使い分けがお上手なようで。「どういたしまして」あと私はハゲじゃない。殴るぞ。


「もっと考えようと思う」

「思うって他人事のように言うのも良くないし、先送りも好ましくないわね」


<食い下がる場面じゃねえだろさっさと引けよハゲ>


 だからハゲじゃないし、逃がすつもりもありませんわよ。


「頼りたいか頼りたくないか、今すぐ決めなさい」

「じゃあ頼りたくないです」

「じゃあ?」

「それでは頼りたくないです」

「丁寧さの問題じゃなくて、流されてるように聞こえるのが良くないと思うの。あなたはどうしたいの? 言われたからとか、何となくとかじゃなくて、あなたはどうしたい?」



<お前ら全員盗撮したい>



 それはひときわ速くて、重たくて。

 まるで砲弾をライフルの速度で飛ばしたかのようで。


 私のチートも万能じゃない。

 心の声を聞けるということは、自らで浴びるということ。


 意識を失いそうになる。一瞬だけくらっとして、歯を食いしばることで堪える。

 頭がほんの少し揺れてしまった。


<なんだ、体調不良か?>


「ちーちゃん、朝倉君にだけあたりが強くない?」


 結実でも気付いてないのに。

 やはりこの男、観察眼も尋常ではない。


「そう? 昔の友達に似てるからかも。優柔不断な人を見ると、つい諭したくなっちゃう」

「またあだ名がお母さんになるよ」

「その話はやめて」


 結実の茶化し方のおかげで、あかりに介入のチャンスが生まれた。お母さんの話を深堀りしたいらしい。恥ずかしいけど仕方ない、そっちは結実に任せる。


<たしかに、なんか距離の詰め方が強引だよなぁ>


<別に何もしてねえけどな。興味ねえし>


 強引なのは認めるし、興味無いのも知ってる。

 それでも私は行動しなければならなかった。


 だって、あなたの動きが早いから。

 あなたは男で、私と同い年で、名家として教育を受けたわけでもない一般市民で。なのに私を度外視するから。客観的にも魅力的で、佐倉家の権威も持つ眩しき私に見向きもしないし、怖れもしないから。その初動もなければ、痕跡も残ってないから。


 そんな相手と出会ったのは、初めてのことだったのだ。


「そういうわけで、これからもお節介焼いちゃうと思うけど、よろしくね」

「は、はぁ……」


 どのみちこれ以上は突破できまい――というわけで、私の攻めはここまで。


 その後もしばらく会話した後、見学しに行く流れに。


 朝倉はというと、姉さひろからのメッセージが来た演技をして、抜けていった。

 ハザ高では明示的に指示されない限り、授業中のスマホも可能だ。しかし通話は原則禁止されている。その塩梅を把握した上での演技なのだろう。

 立ち回りも見事な練度で、私を掴んで離さなかった。

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