8 部活の穴

 今日の授業は午前でおしまい。

 昼休憩の後は「部活動見学」であり、たっぷり五時間取られたこの間に決めねばならない。提出は少し先だけれど、見学の機会は今日一度限りなのだ。

 これもハザ高らしさと言える。実践重視の一環として、意思決定の練習を兼ねているそうだ。


「見学の前に、食堂に行きましょうか」


 私自らリードして、いったん食堂に向かう。隅を陣取ることに。

 結実をパシらせて全員分の飲み物も調達した。私と結実ゆみが紅茶、あかりはブラックコーヒー、煌太こうたはブラックに砂糖とミルクで、朝倉は水。

 ちなみに会計は面倒なのでおごりにした。謙遜合戦が起きなくて心地良い。


「急に仕切って悪かったわ。今行っても混雑するだけと思ってね」

「そだねー」

「なるほど。頭いいっすね」


 一番気になる朝倉はリアクション無し。一応慣れない者特有の、よくわからない相槌をしているけど、心の声も閉ざしていて何もわからない。とりあえず私たちに全く興味がないことだけはわかる。


「妹尾さんの方針は聞いてるけど、木村君と朝倉君のはまだ聞いてないわ。五時間は長いようで短い。まずは方針を共有しませんか?」


 ふー、ふーと冷ますあかりが「方針?」首を傾げる。


「どういう部活動に入りたいかとか、そもそも入りたいのか入りたくないのかとか、部活に費やす時間はどのくらいを想定してるかとか、色々あるわね」

「私や佐倉さんみたいに部活強制がだるいとか、そういうこと?」

「そうそう」

「お互い語り合って、お互いに参考にしようってことか」

「ご明察よ」


 さあ、呑気に水を飲んでる朝倉千尋よ。

 あなたの出方を伺わせてもらう。必要なら介入も辞さないつもり。


「早速意見なんだけど」


 手を挙げたのは煌太だ。


「どうぞ」

「純粋に色々見てみたいので、とりあえず見て回るってのはどう?」

「悩ましいところね。私としては、ある程度方向性は決まってると思ってて、ここでしっかり練った後に必要なところだけ見学するイメージでいたわ。一方で、とりあえず見て回りたいというのも理解できる。いったん皆で会話して、その後二手に分かれるのはどうかしら」


 両手で示しながら説明してみるテスト。

 理解はしてもらえたと思うが、煌太が目をパチパチさせている。


「どうしたの?」

「ああ、いや――はっきり意見を主張しつつ、すり合わせていくの、かっこいいなと思って」

「高校生にしては珍しいかもしれないわね。さらに主張するけど、私はこんな感じよ」

「いいね、気に行った」


 コミュ強であるということは、相応の経験を積んできたということ。色々苦労してきたのだろう。


「ちーちゃんはわたしのものだからね」

「そういう意味じゃねえよ」


 温かくて賑やかだ。いやらしさもない。


 良かった……。

 このメンツなら私でも上手く過ごせそう。

 両親からは友達百人つくれみたいなこと言われてるけど、ビジネスライクでもなければそんなの無理だし、私は一生徒としてのんびりしたい。これでいいです。


「ちーちゃんは大人の世界で頑張ってますからねぇ」

「おっ、大人っ!?」

「妹尾さん?」

「あ、違っ」


<配信者は高校生でも下ネタ扱うからなぁ>


<妹尾あかり。たぶん確定だが、配信者ならアカウントを割り出したい>


<配信者の中の人、それも盗撮動画となると価値は爆増する>


 前言撤回、いやらしい奴が一人だけいやがる。

 今も黙って水をちびちび飲みながら、胸中でえげつない作戦を立てているこの男。


 試しに視線を送ってみると、一瞬で逸らされた。

 照れているし、照れてるのに平気ですよ感を出す下手くそな背伸びの感じもよく出来ている。この演技も努力の賜物なのだろうか。


<登録者数は1.5万がボーダー。それ以下なら無視しよう>


<特定方法はストーキングでいいか>


 演技しながらの思考もお手の物らしい。

 いいかげん仕掛けさせてもらうわね。


「朝倉君はどう? 部活はどうしたいとかある?」

「あ、俺は……」


<シャッフルダンス同好会一択に決まってるだろ>


 心の声のスピードも早いのよね。喋るより圧倒的に早くて、つなぎ言葉フィラーを言う前にもう届いてるレベル。

 回答はわかったけど、ちょっと何を言っているのかわからない。


 もちろん心の声から知ったことを馬鹿正直に尋ねるわけにもいかなくて、この立ち回りが意外と大変なのよね。


「まだ決めてなくて、どうしようかなって」


<お嬢様でも知らねえみたいだな>


 対話しながら引き出すムーブをしても良かったのだけれど、その声で私も思い出す。

 長くて厚い校則を読んだときの記憶だ。


 部活制度と、その中にしれっと含まれている同好会の概念。

 部活を新設するには、まず同好会をつくり、一定の人数と実績を経て昇格させる必要があること。

 全校生徒の部活動所属義務とその細かい要件、そして例外――


 たしかに学校側からの説明は無かったし、思い出せたのも結構曖昧だけど、可能性としては十分。

 何よりこの怪物の見解は信用できる。


「そういえば校則を読んだことを思い出したのだけど、部活動強制には抜け道があったわ」

「え、本当に!?」


<校則読み込んでるのか、キモいな>


 あなたにだけは言われたくないが。


「部活は新しくつくることもできるのだけど、まず同好会からスタートするのね。それで一定の実績を示せたら部に昇格する。期限内に昇格できなかったら解散」

「ああ、そういえば受験前に調べてて、そういうの見た気がする」

「校則は公式サイトからもダウンロードできるわね」


 ビジネスマンなら別に珍しくないけど、何百ページクラスのPDFファイル。PDFだけでは使いづらいと別件でグループ内に打診したこともあるし、そのうちHTML版もできると思う。


「本題はここからで、部活動強制とは、厳密に言えば課外活動義務と呼ばれている。この課外活動に含まれるのが部活動と同好会よ。同好会も含まれてるの」

「同好会をつくることでもクリアできる……?」

「そうなる」


<さすがお嬢様。ただの高校生じゃない>


 そっくりそのままお返ししたい台詞なのだけど。

 ちなみに反撃はこれからね。


「そういうわけで、いっそのこと、このメンバーで何か同好会つくるのはどうって思ったんだけど、どう?」

「いいねー」


 結実がすぐに乗ってくる。お付きの利点は、こういうときにサクラとして振る舞わせて場を掌握しやすくすることだ。


「正直助かります」


 あかりも賛成して、ひとまず三人。

 悪いけど、私の目当ては朝倉なので煌太は除外したい。幸いにも不可能ではなさそうだ。


「もちろん無理には言わないわ。特に木村君は、これも今思い出したのだけど、クライミングがしたいのよね?」

「あれ、言ったっけオレ」

「自己紹介で自慢してたように聞こえたし、その分厚い手のひら、というより指の皮もそうじゃない? スマホも反応しづらそうで辛そうね」

「すげぇそこまでわかんの!?」


 煌太が両胸を隠す仕草をして、「あはは」と結実が愉快に笑う。


<意外とやるやん>


 そうでしょうそうでしょう。私としては、せっかく褒めてくれたあなたを今から落とさないといけないのだけれども。


「登山部で扱ってたはず。迷ってるってことは、何か理由があるの?」

「まあね。正直ひとりでプライベートで練習してた方が捗るんよ。うちのとこはボルダリングだけだし、世間的にもボルダリングのイメージがあるけど、オレがやりたいのはロープなんよね。競技よりも実物の樹木や岩肌を攻略したい。競技勢とはノリが合わん」


 思ってるよりマニアックだった。結実は「ほぇ」などととぼけているし、あかりはコーヒー消化タイム。

 みんなに解説している暇はない。落とさせてもらう。


「そういう気持ち、私もわかるかもしれない。父や先生からもよく言われるのだけど、ひとりでは限度があるみたいね。私なりに噛み砕くと、一見遠回りの部活であっても、そこで培った人脈と経験は財産になる」


 大したことは言ってないけれど、演出次第で説得力は変わる。

 おそらく今後一生、私が身につけていかねばならない力だ。女子高生とは離れるかもしれないけど、この点は妥協したくない。


「もっと身近に言えば、クライミングもそうだけど思うけど、一つの技をひたすら極めるより、基礎も含めて全部をまんべんなくやった方が結果的に伸びるはず。広く身に付けた方が応用が利きやすいと思うわ――って木村君?」

「ちーちゃんに惚れた?」

「そういうのいいから」


 煌太が真顔で結実をいさめる。そんな反応が来るとは夢にも思ってなかったのだろう、「うぇ!?」などと驚く結実。やるじゃない、木村煌太。私も気に入ったわ。

 結実も本気で落ち込んでそうなので、頭をぽんぽんしておく。


「いや、そういや親父からも言われたことだなぁって。そういうことだったんかって今繋がった気がする」


 煌太は改まって背筋を伸ばし、


「ありがとう」


 律儀に頭を下げてきた。


「どういたしまして。ノリが合わなかったら、別にやめてもいいのよ」

「だよね。うん、オレ……登山部に行くわ」


 そのまま席を立ち、食器もそのままに行こうとする勢い。


「いってらっしゃい」

「頑張ってねー」

「おう、みんなもありがとな」


 とりあえず第一関門はクリア。


<青春だなぁ>


 呑気に感想言ってる暇はありませんよ。次はあなたです。

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