036 魔女裁判、慈悲の名の檻

「信じてください! 私は魔女ではありません!!」


 魔族との長い戦いが終わり、人族にようやく平穏が戻ろうとしていた。だが、その終わりを迎えるには、最後の儀式――魔女の処刑が残されていた。


 聖王国キリストロニフ。ゼウパレス修道学院の隣に仮設された魔女裁判所。その法廷に、ひとりの少女が立っていた。


 彼女の名はセーラ。かつて聖女皇と呼ばれ、神に仕え人々を救った少女。その彼女が、今や魔女として裁きの場に立たされている。


 彼女は芝居がかった口調で無実を叫んだ。


「いい加減、魔女だと認めたらどうだい、セーラさん」


 うんざりした声を返したのは、裁判長ジーク。かつて同じ学院で学び、切磋琢磨した旧友である。


 だが、彼女が転生者として持ち込んだ知識と才能を武器に、圧倒的な成績を収めていく姿に、ジークは密かに嫉妬を抱いていた。


「いいえ、私は魔女ではありません。魔法少女です」

「いや、何を言ってるのか分からない。君がどう言い張ろうと、あの戦場で君が『魔女』に変身する姿を、多くの者が目撃している。

 僕が刻んだ魔女の烙印が消えたとしても、もう言い逃れはできないよ」


 セーラが何を言おうと、ジークは彼女を許すつもりはなかった。


 彼の心は、自分よりも優れ、世間から讃えられ、高い地位を手に入れたセーラへの憎しみで黒く染まっていた。


 そして今、幾度となく味わってきた屈辱を彼女に返せる――そう思うと、ジークは抑えきれぬ喜びに顔を醜く歪める。


 彼がそのまま引導を渡そうと、死刑を宣告しようとしたそのとき――


「待つがよい、ジーク! 早計な真似をするな!」


 場内に響き渡った重々しい声は、マリオロス教の教皇、ベルゼブ・フォン・ゲスドニアその人のものであった。


 突如として現れた教皇に、多くの者が跪き、頭を垂れる。ただ一人、セーラだけは立ったままその姿を見つめていた。


 ベルゼブは、頭を下げる大勢を楽しげに眺め、満足げに頷き、「顔を上げよ」とだけ命じた。


 その声音には慈悲はなく、命令することに酔う者特有の悦びが滲んでいた。


 彼はゆっくりと歩を進め、セーラの前に立つと、彼女の肩に手を置いた。脂ぎった顔を醜く歪め、周囲を見渡して言い放つ。


「たしかに、この娘は多くの者に恐怖を与えた。だが同時に、魔族の脅威を葬り去ったのもまた彼女である。その貢献を無視し、ただ死を与えるのは、神の理にもとる行いだろう」

「しかし、それでは教義に……」


 ベルゼブは鋭く睨み、反論するジークを黙らせると、再びセーラの方へ向き直る。


「この者の罪は、命をもって贖うには惜しい。よって、今後は神の第一の僕たる私に仕えさせ、心身すべてを捧げること――それによって罪を償わせるとしよう。それが、この世界の秩序にかなう裁きだ」


 その言葉に、多くの者は教皇の慈悲に感服し、場内は静かな感動に包まれた。


 しかし、教会の上層部の者たちは目を伏せ、眉をひそめる。ベルゼブ・フォン・ゲスドニアの素行を彼らはよく知っていた。


 神に仕える清らかな少女たちへの執着――その評判は公には出ぬまでも、内部では知られた話。


 かつてからセーラに対しても、ベルゼブが特別な関心を寄せていることは囁かれていた。


 だが、聖女皇という立場と世界を救った功績ゆえに、手を出すことはかなわなかった。


 いかに教皇といえども、逆風を恐れたのだ。


 しかし罪人として裁かれる立場となった彼女を前に、ベルゼブは抑えていた欲望を叶えられると確信し、口元を歪めた。

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