035 白き還元、黒き聖母の記憶
私が止めを刺そうと
そして光が収まると、そこには純白の聖堂服をまとった聖女がいた。
「ありがとう、当代の聖女。私の魂を救ってくれて……」
突然、彼女に礼を言われて戸惑う。だが、聖女は穏やかに微笑みながら、そっと私の額に手を当てる。
指先が触れた瞬間、魔女の烙印を隠していた人工皮膚がはがれ、烙印も消えた。
次の瞬間、彼女の記憶が私の中に流れ込んできた。
――彼女もまた、遥か昔に聖女として転生し、魔族との戦争で多くの奇跡を起こして人々を救っていた。
だがあるとき、魔族を一方的に敵と見なす教会の方針に疑問を抱くようになる。
そして、幼い魔族の子どもと出会ったことで、その心が決して穢れていないことを知る。
以後、彼女は戦うたびに人族と魔族――双方の罪なき者たちが倒れていく姿を見て苦しみ、やがて教皇に魔族との融和を懇願する。
だが、その思想は危険視され、彼女は魔女の烙印を押され、教会から追放されてしまう。
――正しくは、教会は教皇よりも崇拝される彼女を厄介払いしたのだ。
烙印の力で魔力を封じられた彼女が彷徨い、辿り着いた場所は、皮肉にも魔族の領地だった。
そこで彼女は温かく迎えられ、生きる場所と、傷ついた心を癒す時間を与えられた。だが、魔族にも人族と同じように卑劣な者は存在した。
彼らは彼女の聖女の力を利用しようと企む。子どもたちを守るためと嘘をつき、彼女を戦争に巻き込んだ。
そして、人間の醜さを見せつけ、その魂を少しずつ蝕んでいった。
やがて彼女は限界を迎える。
昔、出会った魔族の子どもが人間に無残に殺される光景を見た瞬間、心は壊れた。
彼女から漆黒の瘴気が溢れ出した。それは彼女を覆い、穢れた世界から隔てる殻――『漆黒の聖母』となった。
それからの彼女は、魔族の子どもを守れなかったという『原罪』を背負い、ただ妄信的に魔族を守ることだけにその身を捧げた。
気づけば、彼女はこの世界に自分を転生させた管理者と、世界を歪めた教会を深く憎むようになった。
流れ込む記憶を見て、なぜ彼女が魔族となり、魔女と呼ばれるようになったのか理解できた。
――真面目に聖女なんてやるから、こんなふうになってしまうのだ。
そう思いながら、私は目の前に立つ彼女を見つめ、どこか他人とは思えないその姿に小さくため息をついた。
彼女は私を見て苦笑いを浮かべると、そっと歩み寄り、抱きしめた。そして、耳元で優しく囁く。
「……あとはお願い。私のようにならないで――」
何かを託すようなその声。込められた想いが胸に響くと、彼女は満ち足りた笑顔を浮かべ、ゆっくりと光の粒子へと変わり、天へと還っていった。
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