021 馬車にて、最後の宣戦

「毎度のことながら、よくやるな、セーラ」

「……アイオス殿下ですか。あなたこそ、よく飽きずに毎回、見に来られますね。政務の方は大丈夫なんですか?」


 自分のせいで処刑されそうになった女性を救い出し、急いで裁判所を後にすると、いつものようにアイオス殿下が待っていた。


 彼は私が『魔女』であることを唯一知る人物。魔女裁判が行われるたびに足を運び、私が無実を証明する姿を「見物」するために訪れている。


「まぁな、お前のおかげで、もう魔族の脅威もほとんどなくなった。俺の国は豊かで優秀な人材も多い。俺が政務に励まなくても、特に困ることはない」

「……そうですか、さすが世界有数の大国ランドルフ皇国は違いますね。私の国とは大違いです」


 鬱陶しそうに睨みつけ、小国の第四王女として生まれた私と違い、随分と余裕があって羨ましい、と皮肉を叩きつける。


 殿下は肩をすくめ、苦笑いを浮かべて言葉を返した。


「まあ、そう冷たくしないでくれ。それに、お前の国だって、お前が伝説の聖女皇になったおかげで、多くの親族に良縁が舞い込んでると聞いてるぞ」


 その言葉に眉をひそめる。私は『聖女皇』になり、並外れた聖魔法の才能と魔力量が世界中に知れ渡ることになった。


 そのことで一族の血を求める王家や大富豪から、私の家族や親族に縁談が殺到していることを殿下は把握しているようだった。


「……ああ、そんなことで喜んでいるのは、両親くらいですよ。兄妹や従姉たちは生まれてくる子どもに何の才能もなかったら――と怯えながら過ごすと分かっているので、なかなか縁談を受けようとはしません」

「……そうなのか」


 やはり豊かな国の皇太子殿下には、そこまで考えが及ばないのだなと悟る。


(……これだから苦労知らずの金持ちのボンボンは嫌いだ)


 眉を曇らせる殿下を見ながら心の中で毒づく。


 とにかく一刻も早く裁判所から離れたい私は、アイオス殿下を無視してその場を立ち去ろうとした。


 しかし、背後から殿下に腕を掴まれる。思わずその手を睨みつける。


「聖女の体に、勝手に触らないでください」


 冷たく言い放ち、全身に聖なる電気をまとう。


「っつ! おい、お前、仮にも皇太子である俺に対して、不敬ではないか!」

「……すいません、神に捧げた身に穢れた手で触れようとしたので、反射的に魔道具を発動してしまいました。てへぺろ……」

「お前、絶対わざとだろ。それになんだ、その『てへぺろ』とは、バカにしているのか」


 教会から支給されている護身用の魔道具をうっかり発動してしまい、アイオス殿下を攻撃してしまった。


 誠心誠意謝罪するが、悲しいことに殿下の心に届かなかったようだ。正直なところ、届けるつもりもなかったので、まったく悲しくない。


 心を見透かされたのか、アイオス殿下にじろりと睨まれる。


 無駄に感が鋭いな――と感心して悲しげな表情を作り、目にうっすらと涙を浮かべて俯いた。


「ごめんなさい……」


 そんな可憐な聖女の姿を見た殿下は、やれやれと首を横に振る。


「今回だけ大目に見てやる」


 殿下はため息まじりに呟き、待機させてある馬車で送っていくと、私を誘った。


「……やっぱり美人は得だ」


 私は小さく呟いた。





 目の前に座るセーラをじっと見つめる。


 陽光をそのまま編み上げたかのような金色の長髪は、角度によって柔らかく光を揺らし、まるで世界の色彩すら塗り替えるかのようだった。


 そして、その髪と見事に調和する瞳は、太陽の欠片を閉じ込めたように黄金に煌めき、ただ見返されるだけで、心の奥まで射抜かれるような感覚を覚える。


 セーラという存在は、ただそこに座っているだけで、見る者の心を奪い、決して忘れられない記憶として刻まれてしまう。


 ――そんな存在だった。


「見た目だけなら好みなのだが……」


 思わず本音が口をついて出てしまったが、幸いにもセーラの耳には届いていないようだ。


 安堵の息を吐いた瞬間、小石に乗り上げたのか、小さく馬車が跳ねた。


 彼女は俺と一緒にいるのが鬱陶しいらしい。その揺れにも動じず、不機嫌な表情を隠そうとしない。無言のまま窓の外を眺めている。


 ため息をつき、魔族との最後の戦争について語り始める。


「いよいよ、魔王も残すところあと一柱のみとなった。黒骸竜デスドラゴンに始まり、不死王ドラキュラ、深海の女王スキュラクィーン、天空の覇者グリフォンロード……。

 ――この三年間、お前のおかげで魔界を支配していた強大な魔族たちは、次々と討伐された。本当に感謝している。そして、いよいよ、一カ月後に最後の戦争が始まる」


 その言葉にこれまで一度も目を合わせようとしなかったセーラが、初めて俺の顔をまっすぐに見つめる。


 そして、聖女とは到底思えないほど、凶悪な笑みを浮かべた。

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