022 前線は動く、口は重く
――人族と魔族の運命を懸けた一戦が始まろうとしていた。
魔族との戦争が始まって以来、一度として動かなかった前線。
だがこの日、ついに聖女皇セーラの活躍と稀代の名将と称されるアイオスの采配によって、魔族領の奥深くまで前線が押し進められることになった。
世界各国から集結した連合軍の兵たちは、今回も二人の活躍によって勝利がもたらされると信じて疑わなかった。
そして、これまでの戦争をも凌ぐ魔族の大軍を前に、毅然と立つ二人の姿へ羨望の眼差しを向けるのだった。
二人の目の前に広がる平原を黒く塗りつぶす人の波。旌旗がはためき、鉄と革の匂いが風に流れる。
「……なかなか、壮観ですね、アイオス殿下」
「ああ、そうだな、セーラ。今回も
「……まあ、魔王相手に魔法は通りが悪いので。拳に
軍の先頭に立つ二人は、兵たちに重要な打ち合わせがあると告げて距離を取り、密かに会話を交わし始めた。
その内容は人族と魔族の双方にとって最大の脅威とされる
「そうか……。まあ、これであの姿も最後の
「……ええ、そうですね。結局、アイオス殿下は一度も変身してくれませんでしたし」
「まあ、確かに約束はしていたが、結局、一度も危険な目に遭わなかったんだから、助っ人が出る幕もなかっただろう?」
その答えにセーラは隣に立つアイオスを半目で睨んだ。
「別に危機に駆けつける演出なんて期待していません」
ぼそりと呟きながら、彼の胸元にかかるクロスの首飾りをじっと見つめる。
その視線に気づいたアイオスは、慌てて首飾りを服の中にしまい込み、絶対に変身なんかしないと心の中で固く誓った。
もちろん、彼女がアイオスの心を読んだわけではない。だが、セーラは彼の反応を見て、ため息まじりに肩を落とした。
「……もう、いいです。どうせ、この戦争が終われば、聖女という名の『対魔族用の殲滅兵器』は用済みにされるんですから。あとは母国のために有力な国の王族か、世界有数の大富豪にでも嫁ぐことになるでしょう。
……相手が私の趣味を理解できる人であることを願います」
そうぼやく彼女は遠くを見つめ続ける。
「……旦那になる人は、ちゃんと変身してくれる方がいいんですね。だから、この戦争が終わったら――その首飾りは返していただきます」
その一言にアイオスは何と返せばいいのか分からず、黙って服の上から首飾りに手を当てる。
たしかに魔族の脅威が去れば、セーラの聖女としての役目も終わる。
そして、弱小国であるセーラの母国は、最も価値が高まる終戦のタイミングを狙って、婚約者を募るのは間違いない。
――なぜ、自分はそのことに気づけなかったのか。アイオスはそのとき初めて、自分の楽観的な性格を恨んだ。
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