『ドワーフのおとちゃんに拾われた転生児、魔力解析チートで成り上がります』

草野 いずみ

第1話 おとちゃんとの出会い


森が燃えていた。


焦げた匂いが風に乗って、夜空は赤く揺れている。

抱きかかえられているぼくの身体は妙に軽く、手足は言うことをきかない。

目ははっきりしているのに、声を出すと泣き声になってしまう。


——なるほどね。

生後数ヶ月の赤ん坊ボディってわけっすか。


でも意識は大人のまま。

そりゃ泣き声しか出せないのも当然。


ぼくを抱いている女の人は、涙で顔を濡らしていた。


「ここまで来れば……まだ……」

「追っ手が近い。行け、今のうちに!」


夫婦らしき二人は、ぼくを胸に抱えながら、洞窟の奥へと身を滑り込ませる。


その震え方で、ぼくは察した。


——親か。

——でも、もうぼくを育てる余裕はないんだな。


赤い布に包まれたぼくを、そっと地面に寝かせる。

布の中に小さな羊皮紙が一緒に滑り込んできた。


女の人はぼくの頬に触れ、震える声で囁く。


「……レン。

生きて……どうか……」


男は魔石をぼくのそばに置き、

「また会えるぞ」と言い残して、二人で洞窟を飛び出していった。


泣き声が勝手に漏れる。

感情じゃない。赤ちゃんの体の反射だ。


——三ヶ月くらい……かな?

——首はほぼ座ってるし、泣き声も安定してる。

——親はぎりぎりここまで育ててくれたんだな。


洞窟は静かだった。

火の赤が入り口で揺れている。


そのとき。


「……お? 声がしたぞ?」


重い足音。

地鳴りのように響く低くて太い声。


姿を見せたのは、

灰色の長い髭、丸太みたいな腕、胸板が岩みたいに厚い男。


ドワーフ。


鍛冶道具を腰にぶら下げ、煤にまみれた服。

経験豊富なのが歩き方でわかる。


男はぼくを見つけた瞬間、

“本当に心底驚いた目”をした。


「なんで……赤ん坊がこんなところに……!?」


男——後に“おとちゃん”になる人物——は、

迷わず駆け寄り、そっとぼくを抱き上げた。


「軽すぎる……人間の子だな。

首は……座ってるな。生後三ヶ月、いや四ヶ月ってとこか」


ぼくはその腕の温かさに安心し、泣き止んだ。


男は胸に手を当て、

信じられないという顔で呟いた。


「こんなに泣き止むか……?

初めて会ったはずなのに……妙に俺に懐いてないか……?」


いや懐いてるというか……

単に体が安心しただけなんだけどね。

でも赤子ボディだから説明もできん。


そのとき、布の間から羊皮紙がひらりと落ちた。


「これは……?」


男は拾い、すすだけ拭って文字を読む。


『名前はレン。

生後三ヶ月。

どうか……よい人に……』


読んだ瞬間、

男の顔がゆっくりと歪む。


怒りでも悲しみでもなく、

もっと深い、胸を締めつけるような表情。


「……親は……この子を守って死んだのか……

馬鹿野郎……自分の命より子どもを優先するなんざ……」


男は息を吸い、

ぼくを胸にぎゅっと抱きしめた。


「わかった。名前は“レン”……

それは親が最後に残した願いだ。

なら……俺が叶えてやる」


ぼくは小さな手で、男の髭をつまんだ。

ちょうど目の前にあったから……ただそれだけ。


だが男は、それだけで息を呑んだ。


「っ……お前……!」


ぼくは母音を漏らす。


「あ……と……」


赤子としては

「あ・う・お」

のどれかに近い発声。


だが男は固まった。


「今……“おと”って言ったか……?」


いや言ってない。

言ってないけど、否定もできない。


男は突然立ち上がり、洞窟が揺れるほどの声で叫んだ。


「言ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!

俺のこと“おとちゃん”って言いやがったぁぁぁぁぁぁ!!!!」


いや言ってない。

でも……嬉しそうだからいいか。


男はぼくを抱えたまま、天井を仰いだ。


「よし決まりだ……!

今日から俺がお前の“おとちゃん”だ!

レン……俺の息子になれ……!」


ぼくは赤ちゃん特有の反射で、

もう一度「あー……」と声を出した。


男の胸が震えた。


「……ああ……もう……可愛すぎるだろ……」


洞窟の奥、揺れる火の赤の中で。


こうして、

ぼくと“おとちゃん”の物語が静かに始まった。

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