第五話「エキシビジョンpart 1」
軍学校の大講堂に、重々しいファンファーレが鳴り響いていた。
壇上には帝国軍学校の校長と、軍上層部の姿。
高い天井には帝国旗と学校旗が並び、その下で新入生たちが整列している。
「これにて、帝国陸軍大学付属高等学校 第四十期生入学式を終了する」
校長の閉式の言葉とともに、講堂の空気がふっと緩んだ。
マキ・オルガンは、ずらりと並んだ生徒の列の中で、そっと息をつく。
(……ほんとに、入学するんだなぁ......)
数日前、担当教官に呼び出され、淡々と合格を告げられた時も実感が薄かった。
だが、こうして制服を着て、講堂に立っていると――さすがに信じるしかない。
「なお、本日は入学式の催しとして、午後よりリーゼ演習場にて公開模擬戦――エキシビジョンマッチを行う。上位成績者数名には出場を命ずる」
壇上の教官が読み上げると、ざわっと周囲が揺れた。
「入学式早々、やってくれるわね……」
ミレーネ・フォーゲル が小声でつぶやいた。
パイロット科に入ったばかりの彼女も、マキと同じく一般推薦入学組だ。
「やっぱり、マキも呼ばれちゃうかな……?」
「……あの貴族が”そう”してるんじゃないかな」
午前の式典が終わると、各科の新入生はそれぞれ担当教官に引率されて講堂を後にした。
廊下を歩きながら、整備科担当の教官が紙を一枚取り出す。
「実技と筆記を総合した成績上位者のうち、整備科からは1名がエキシビジョンマッチに参加する」
名前が読み上げられた。
「マキ・オルガン」
「……はい」
思わずため息が漏れる。
アナスタシアが隣で「やっぱり……」という顔をしていた。
「パイロット科からも数名出る。詳しくは現地で耳にするだろう。午後一番、リーゼ演習場に集合。それ以外は、今日のところは自由時間だ」
「は、はい」
アナスタシアが心配そうにマキを見る。
「マキ……」
「大丈夫。――多分」
冗談めかして言ってみたが、手のひらはじっとりと汗をかいていた。
他に誰が出るのか、誰と戦うのか、そんなことはマキの頭の中にはなかった。
ただ、戦いへの恐怖とリーゼに乗れる事への高揚感だけがあった。
午後。リーゼ演習場。
半円形の簡易観覧席には、新入生たちがぞろぞろと座っていた。
その上段には教官や軍人たちの姿も見える。
コンクリートで固められた広い演習場の中央には、フロッグⅡが数機、膝を折って待機していた。
足には小さなホイールが組み込まれ、地面にはその滑走痕が幾筋も刻まれている。
「人、多いね……」
整備棟側の待機エリアで、アナスタシアがマキの袖をつまむ。
マキは「そうだね……」と曖昧に返事をしながら、演習場の反対側を見る。
そこには、パイロット科の制服を着た新入生たちが並んでいた。
中でもひときわ目立つ三人――赤髪の少年、黒髪ポニーテールの少女、ダークブラウンの髪の少女。
試験のときに見かけた顔だ。
(フリッツ・ハーゲン、エリーゼ・バルクホルン、ミレーネ・フォーゲル……)
名前は知っている。
同じ一般推薦組として、何度か試験のスコア表で見かけたからだ。
でも、直接言葉を交わしたことはほとんどない。
今日のところは、ただ「同じ催しに出るメンバー」というだけだ。
その時、観覧席の最前列から、よく通る声が響いた。
「よく来たな、整備屋」
金髪をきちんと撫でつけ、家紋入りの制服を身にまとった少年。
レオンハルト・フォン・ヴァルクス。
分かりやすく「貴族」の風格をまとったその少年が、ゆったりと腰を上げた。
「入学式の日に、こんな催しに呼ばれるなんて光栄だろう? 平民たち」
後ろに控える貴族たちから、くすくすと笑い声が漏れる。
マキは、それでも丁寧に頭を下げた。
「ボクが勝ったら、アナスタシアに謝って!」
「ふん、良いだろう......“整備屋”」
「あり得ないだろうがな!!」
レオンハルトは目を細める。
その背後の地上には、貴族たちが持ち込んだカスタムフロッグⅡが並んでいた。
標準機より厚い装甲。
胸部には各家の紋章。
駆動音だけで、普通の機体ではないとわかる。
(増設ジェネレーター……駆動系もかなりいじってる。速くて、重くて、燃費が悪そう)
マキは整備士の目で、つい足回りに目がいってしまう。
レーナ少尉が演習場中央に進み出て、拡声器を取った。
「これより、入学式記念公開模擬戦を行う。安全を最優先とし、致命的損傷が発生する前に教官が試合を止める。――いいわね?」
「了解!」
新入生たちが一斉に声を揃える。
「第一試合、フリッツ・ハーゲン対 エーリヒ・ハルトマン」
名前を呼ばれ、赤髪の少年が「おっ」と声を上げて立ち上がった。
「じゃ、俺が景気よく一発目、行ってくるわ」
「が、頑張ってください……!」
アナスタシアが慌てて声をかける。
フリッツは振り向きざまに親指を立てただけで、すたすたとフロッグⅡへ向かった。
フリッツから、妙な頼もしさが伝わってくる。
一戦目 フリッツ ・ハーゲン vs エーリヒ・ハルトマン(貴族)
フリッツの乗るフロッグⅡは、右腕に巨大なバトルアックス、左腕に大型シールドを装備した重装仕様だった。
足のホイールが、少し太めのものに交換されている。
対するハルトマンのフロッグⅡは、中距離戦向けのカスタム。
両肩に追加砲、腕部には強化されたライフル。装甲も標準より厚い。
「ハーゲンとか言ったな。平民にしては図体だけはいい」
通信に乗って、鼻にかかった声が聞こえる。
「ま、俺はバトルアックス持つとやる気出るタイプでな」
フリッツが軽口を返すと、観覧席の何人かから笑いが漏れた。
「試合開始!」
レーナの合図とともに、二機のフロッグⅡが一斉にホイールを回転させる。
キィーン、と金属が路面を滑る音。
ハルトマン機は素早く後退し、一定距離を保つ。
「棒立ちしていろ、平民。ここから蜂の巣にしてやる」
肩部砲から模擬弾が連続して放たれる。
白い煙を引きながら、地面やシールドに当たって破裂音を響かせる。
フリッツ機はシールドを前に出し、火花を散らせながら滑走を続けた。
「おおおおっ……!」
シールドに叩きつけられる衝撃で、フロッグⅡの車輪が何度か空転する。
それでも、動きは止まらない。
右足、左足と体重移動を繰り返しながら、じりじりと間合いを詰めていく。
(距離……リズム……)
マキは思わず息を呑む。
直線で詰めているようで、実は小さなジグザグを刻んでいる。砲撃の予測線を外す足運びだ。
「なぜだ、なぜ止まらないっ……?!」
ハルトマンの声に焦りが混じり始めた、その時――
「今だっ!」
フリッツのフロッグⅡが一気に加速した。
ホイールが甲高い音を立て、シールドを前に突き出しながら突進。
砲弾が弾かれ、煙の幕が二機の間に立ち込める。
煙の向こうから飛び出したのは、バトルアックスを振りかぶるフリッツ機だった。
「うおおおおおっ!!」
一撃。
上から下へ、斜めに振り下ろされた刃が、ハルトマン機の左腕付け根の装甲を斬り砕く。
関節部のジョイントが悲鳴を上げ、左腕が弾け飛んだ。
「ぎゃあっ!?」
「左腕機能喪失。ハルトマン、これ以上の継続は危険と判断する。試合終了」
レーナの声と同時に、観覧席から大きなどよめきが沸き起こる。
「っ、平民に負けた……?!嘘だ.....」
ハルトマンの悔しそうな声が小さく聞こえた。
フリッツ機はシールドを肩に担ぎ、アックスを軽く掲げるようにして演習場を後にした。
その背中を見て、マキは胸の鼓動が少し早くなるのを感じていた。
(……強い)
二戦目
「第二試合、エリーゼ・バルクホルン 対 カール・シュトラウス」
名を呼ばれた黒髪の少女は、静かに立ち上がった。
長い髪をポニーテールに結び直し、無言でフロッグⅡへと向かう。
彼女の機体は、肩に長いスナイパーライフルを担ぎ、脚部ホイールは細身で軽快だ。
追加装甲は最低限、代わりに照準装置とレンズが大型化されている。
対するシュトラウス機は、分厚い盾とショートソードを備えた近接仕様。
前面装甲が異様に厚い。
「スナイパーがこんな狭い演習場に出てくるとはな。笑わせる」
シュトラウスの声はあからさまだった。
「長物なんて、張り付いてしまえばただの棒だ。よく見ておけ、平民」
エリーゼはそれに何も返さない。
ただ、フロッグⅡのコンソールに手を滑らせ、出力を上げた。
「試合開始!」
開始の合図とともに、シュトラウス機が爆発的なスタートを切った。
重い装甲にもかかわらず、ホイールの回転は速い。
盾を前面に突き出し、その影に身を隠すように突進する。
エリーゼ機は軽く滑るように後退する。
だが、完全には逃げない。
距離を詰められながらも、ギリギリの間合いを保って滑走を続ける。
「逃がすか!」
シュトラウス機がさらに追い込む。
二機の距離が、一気に数メートルまで縮まった。
観覧席から息を呑む気配が伝わる。
「ほら、撃ってみろよ。その長い棒で、この距離で――」
その瞬間だった。
エリーゼ機が、くるりと半回転した。
肩に担いでいた長大なスナイパーライフルが、まるで棒術の棍のように横へと薙ぎ払われる。
狙いは――足元。
「――っ!」
ライフルの銃身がシュトラウス機の足首を払う。
ホイールが浮き、重い機体がバランスを崩した。
ドン、と鈍い音を立てて、シュトラウス機が前のめりに地面に叩きつけられる。
「な、なにを……!」
頭部近くの土煙が晴れた時、銃口がそこにあった。
エリーゼ機のスナイパーライフルが、転倒したシュトラウス機の頭部ユニットにぴたりと狙いを定めている。
「長物じゃ撃てないと思った?」
初めて、エリーゼが口を開いた。
声は静かだが、底に冷たいものがある。
「次は、コックピットを撃つ。……降参しなさい」
「シュトラウス、戦闘継続不能と判断。試合終了」
レーナの宣言に、観覧席がどよめきと共に拍手に包まれた。
エリーゼは興味なさそうに銃を担ぎ直すと、何事もなかったかのように演習場を後にした。
「すご……」
アナスタシアがぽつりと呟く。
マキも同じように息を呑んでいた。
(やっぱり……ただ者じゃない)
あの落ち着きと、迷いのない一手に、マキは少しだけ嫉妬に似た感情を覚えていた。
つづく
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