第13話 勝負をするなら誕生日

人気百合作家・星野イリスの書き下ろし小説『Tinyなキミに首ったけ』が発売された。


ストーリーは学園もので、テニス部の先輩が後輩に夢中になって、××しちゃうって展開。


少々過激な話ほど、注目されるもので、売れ過ぎて品薄状態らしい。


発売日は週末で、高校が休みだったから、早起きして書店に直行したけど、すでに長い行列ができていて、買えずじまい。


ネット通販はといえば、どのサイトも入荷待ち。


ああ、なんてことなの。


でも、世の中には穴場ってものがある。


そこは隣町の駅前商店街の、こじんまりした本屋さん。


「いらっしゃいませ」


店番の綺麗なお姉さんが、ステキな笑顔で迎えてくれて、


恥ずかしいから、軽く会釈して、そそくさと奥の棚へ向かった。


店内は狭いながらも、百合作品のコーナーが設けられていて、ロングセラーから、注目の新刊、マイルドなのから、過激なR指定まで揃っている。


厳選されたタイトルを見れば、相当の百合好きとわかるラインナップだ。


(選ぶのは、あのお姉さんかな?)


そう思うと、なんだかドキドキしてしまう。


さて、お目当ての本、


星野イリスの『Tinyなキミに首ったけ』は―――


「あった!」


ラッキー。平積みの、残り一冊だ。


すぐ手に取ろうとするも、


「ん―――」


ちょっぴり、ためらってしまうのは、


表紙イラストが女の子同士の露骨な絡みシーンだから。


まあ、わかってたけど、いざとなるとね。


でも、買うは一時の恥。買ったら一生の恥、じゃなくって、宝だから。


(さあ、恥かしがらずに、この本をレジまで持っていくんだ)


と自分に言い聞かせ、取ろうとした時だった。


横から伸びてきた誰かの手が、サッと本をかすめ取っていった。


「ちょっ、マジ?」


いつの間にか、そばに女子高生が立っていた。


制服から察するに、この町のE高校の生徒だ。


〈トンビに油揚げさらわれた〉ってまさにコレ。


当然、文句を言わずにはいられなかった。

「ちょっと、あなた。その本、わたしが先に見つけたんだけど!」


ところが、相手の態度はふてぶてしい。

「ふふん、早く取ったもん勝ちよ」


ムカッときた。

もー、このトンビめ。

なんだか顔まで、トンビっぽく見えてきた。


「ふざけないで。よこしなさいよ。えいっ!」

と言ってわたしは、トンビが手にした本を右手でつかんだ。


「なにするのよ。放して」

と抵抗する相手。


「あなたこそ、放してよ」

ぐいっと手に力を込めるわたし。


そうやって、互いにつかんだ本を引っ張り合った。


で、ついに―――


ベリッ!


「あっ」


「きゃっ」


本が真っ二つに裂けてしまった。


「あなたたち、困るわ!」

店のお姉さんが、呆れ顔で近づいてきた。


「すみません」とE高生もさすがに謝る。

「ごめんなさい」とわたしも頭を下げる。

すっかり意気消沈だ。


「どうしてくれるの? その本」

腕組みをして、見下ろすお姉さん。

美人ほど、怒った顔が怖いってホントだ。


「あたし、買います」とE高生。

「いいえ、わたしが買います」とわたし。


「ふーん、二人同時に言われてもね。どっちか、決めてくれないと」


「あたしです」

とE高生は、きっぱり言い切ってから、じろりとわたしをにらんだ。


「いいえ、わたしが」

とこちらも負けじと、頑張る。


お互いに「うー」と、火花を散らし、膠着こうちゃく状態だ。


「しょうがないわね、じゃあ、半分ずつに分けたら? ほら、ちょうど前半、後半で区切り良く破れてるし」


「あたし、後半」

と真っ先に言うのはトンビだ。


「わたしだって」

と相手に続く。


どうして後半かと言うと、巻末に、星野イリスのサイン会(限定100名)の抽選券がついているからだ。


半分を受け取るなら、もちろん後半に決まっている。


「いいかげん、あきらめたら?」

と向こうがまた牽制してくる。


「あなたこそ、しつこすぎ」

とわたしも言い返す。


「あのね、はっきり言って、迷惑なの。二人でジャンケンなさい」

お姉さんの言葉に従って、ジャンケンで決めることになった。


「文句なしだからね」

トンビが、ぐっと握り込んだ拳を構えた。


「わかってるわよ」

対するわたしも真剣だ。


『最初はグー、ジャンケンぽん! あいこでしょ、あいこでしょ……』


何度やっても、なぜか、あいこばかりだ。


「真似しないでよ」


「こっちのセリフよ」


「もー、やめ、やめ。あなたたち、私をからかってない?」

とお姉さんがストップをかける。


『そんなことないです』

と声を揃えるわたしたち。


「とにかく、どちらかが譲りなさい。これ以上騒ぐなら、もう売りません。そうね、出入りも禁止にしようかなあ」


『えー、そんなぁ』

わたしたちは、悲痛な声を上げた。


「じゃあ、〈年上の子が譲る〉ことにしなさい」


「あたし、高1だけど」


「わたしだって高1よ」


「あなたたち、生徒手帳、持ってるでしょ。誕生日で勝負よ」


(よしっ、この勝負、もらった!)

だって、わたし、早生まれの3月30日だから。


相手がそれより後ってことは、まずないでしょ?


お互いにカバンから生徒手帳を出して、誕生日を確認し合う。


「え、まさか」

わたしは目が点になった。


なんとE高生は、3月31日生まれ。

「やったー!」

と叫んで派手に飛び跳ねた。


ううっ、信じらんない。

たった一日の差で負けるなんて。


「はい。これで決まりね」

と二つの生徒手帳を確認して、裁定を下すお姉さん。


E高生は破れた本の後半を、紙袋に入れてもらって、半額分の料金を支払い、足取り軽やかに店を出て行った。


「そんなに落ち込まないで。〈人間万事 塞翁さいおうが馬〉そのうち良いこともあるわよ」

とお姉さんに慰められながら、本の前半が入った紙袋を受け取り、がっくり肩を落として、店を後にした。


「あーあ。残念だったな。それに、ショック。憧れのお姉さんに、恥知らずな子って思われたかも」


えた気分で家に帰って、部屋にこもると、紙袋から本を取り出した。


無残に破れたページが、痛々しい。


「もおっ、せっかくの本が。あのトンビさえいなければ。ふん、悔しいけど抽選で100名なんて、どうせ当たりっこないんだから」

などとつぶやきながら、とりあえず前半だけでも読もうと、本を開いた時だった。


「あっ……!」


なんと驚いたことに、本の見返しに、マジックでサインがしてあった。


――― 星野イリス ——— と書いてある。


「え? これって」


作者の直筆サイン?


「どうして……」


まさか、誰かの落書きじゃないよね。


でも、そんなふうには見えない、流麗な筆致だ。


つまり、


「あのお姉さんが、星野イリスだったってこと?」


心臓が高鳴る。


実は、人気作家・星野イリスについては、表にほとんど情報が出てなくて、いろんな噂が、都市伝説みたいになっている。


「まさかこんな近くに……しかも書店の店員さんだったなんて、なにかの冗談?」


まだ信じられないでいると、手にした本の間から、小さな名刺が、はらりと落ちた。


「お姉さんの?」


なにかメッセージが書いてある。


○○さん、

お買い上げありがとう。

よかったら、またお店に遊びに来てね。

二人っきりで、お茶でもしましょう♡

星野イリス

携帯:080-××××-△△△△


「うわ……もしかして、誘われちゃった?」

『○○さん』って、なんで名前まで? あ、生徒手帳か。


戸惑いと嬉しさが半分ずつ。

しばらく実感できないでいたけど、


わたしが再びお店を訪れたのは、言うまでもないわけで―――

お姉さんとは、今も甘く親しくお付き合いさせてもらっている。

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