止まらない通知音

 深夜0時03分。

 **岡村拓真(おかむらたくま)**は、ベッドの上でスマホを手にしていた。


 いつもなら、アラームをセットして

 そのまま電源を切るだけだ。


 だが、その夜は違った。


 スマホがひっきりなしに震える。

 通知音が鳴り止まないのだ。



【通知一覧】

• 不明

• 不明

• 不明


 内容を確認しようと画面を開く。

 だが、通知はすべて「不明」とだけ表示されている。

 しかも、開いても消えない。


 通知音だけが、リズムもなく、絶え間なく鳴り続ける。


 「おい……何だこれ……」


 寝ぼけた頭では処理できず、手が震える。

 ベッドの下、机の上、壁際の充電器も確認した。

 異常はない。


 だが、通知音は鳴り続ける。



 スマホを再起動しても、

 電源を切っても、

 サイレントにしても、

 通知は止まらない。


 深夜の部屋に、不規則で耳障りな電子音だけが響く。


 拓真は頭を抱え、耳を塞いだ。

 それでも鳴り続ける。

 そのリズムは、人間の心拍に合わせるように不規則で、

 ぞわぞわと恐怖を引き立てる。



 午前1時。

 恐怖に耐えかねて、スマホを外に投げた。


 机に当たって画面が割れた瞬間、音が一瞬止まった。


 「……やっと……」


 だが、その直後。

 スマホの画面から、人影が浮かび上がった。


 画面の中の黒い影が、ゆっくりとこちらを向く。


 小さく震えた指が、画面の表面を押すように伸びてきた。

 触れてもいないのに、画面がぐっと波打つ。


 「……誰だ?」


 拓真は叫んだが、声は震えていた。



 午前2時。

 音に耐え切れず、ベッドから飛び起きる。

 耳栓もイヤホンも意味をなさない。


 通知音が、自分の頭の中にまで響いているようだった。


 ふと、画面を見た。

 通知一覧には、また新しい「不明」が追加されている。

 増え続けているのだ。


 恐怖に駆られ、スマホをゴミ箱に捨てた。

 音は一瞬止まった。


 だが――


 耳元で、電子音が鳴った。


 スマホはもうない。

 だが音は止まらない。



 午前3時。

 拓真はパソコンを開き、メールやチャットの履歴を確認した。

 異常なし。

 誰からもメッセージは届いていない。


 だが、通知音は止まらない。


 しかも、音に合わせて画面のアイコンが点滅しているように見えた。

 視界が揺れる。


 まるで、電子機器全体が彼の周りで勝手に動いているかのようだった。



 午前4時。

 恐怖で呼吸が乱れ、汗が噴き出す。


 ふと視線を下ろすと、床のスマホの影に、黒い手の形が浮かんでいた。


 手は動かない。

 しかし、見つめていると、微かに揺れる。


 音はその手に合わせるかのように、強くなる。

 頭痛が走り、耳鳴りと混じって、世界が揺れる。



 午前4時半。

 拓真は最後の手段として、部屋を飛び出した。

 外に出れば、電子機器はない。

 音も止まるはず――そう思った。


 夜道を走る。

 息は荒く、足がもつれる。


 だが、耳元で鳴る通知音は止まらない。


 外には、街灯も、車も、人もいる。

 しかし音は、彼だけを狙っているかのように、絶え間なく鳴り続ける。



 午前5時。

 拓真は公園のベンチに座り込み、息を整えようとする。


 そして気づいた。

 音の方向。

 すべて、彼自身の体から聞こえている。


 スマホも、時計も、PCもない。

 身体そのものが、通知機器になっているような錯覚。


 ふと手を見た。

 皮膚の下、血管に沿って、

 小さな点滅する光が走る。


 通知音が、心臓の鼓動と同調する。


 「……やめて……」


 叫んでも、音は消えない。

 頭の中に、身体に、

 電子音が蠢き続ける。



 午前6時。

 朝日が差し込み、街の音が少しずつ聞こえてくる。


 だが、通知音はやはり止まらない。

 鳴り続け、拓真の鼓膜を押しつぶすようだ。


 遠くで誰かの笑い声がする。

 聞き覚えがある。

 それは、夜の間ずっと聞こえていた、スマホの声。


 画面も、端末も、形あるものは何もない。

 しかし、通知音は彼自身の中に宿った。


 朝日が昇っても、通知は止まらない。

 止める方法は、ない。



 拓真は、ベンチにうずくまり、

 絶え間なく鳴る通知音に耳を塞いだ。


 心臓の鼓動と同期する電子音が、

 頭の奥で響き続ける。


 世界は、

 静かでもなく、夜でもなく、

 通知音だけの狂気に満ちていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る