コアワルツ・リィンカーネーション

彷徨南無

革正、或いは昏睡

第1話 閃光

「…ッ。なんだ、これ、まただ」




 建造物は砕けその内部を露わにしている。瓦礫で足元が不安定だ。




 肉が飛び散る音がする。




「ああ、そうか。そういうことか」




 駆動音。魑魅魍魎の死骸。アリカは耳を押さえる。目を閉じる。




 声が止まない。




「っあ……。ごめ、なさ…」




「アリカ、何が起こってる。答えろ」
















 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ
















「アリカ!アリカ!応答しろっ!」








「アリカ」


 目が痛くなる程の輝きを放つドレスがそこかしこに広がる。更衣室として解放された部屋は沢山のレジャーシートで雑然としている。試合前の選手が一堂に会し、空気が熱を帯びる。


「ん、アリカ姐。背中のチャック閉めて」


 アリカはエリィの言葉に振り向く。


「あぁ、はいはい」


 エリィは身体が柔らかいのだから楽に届くだろうに、と思いながらアリカはその白い背中に触れる。


 紺青のドレスを纏ったエリィは大層美しかった。袖口には浴衣のように腕の動きを補強する布地がついており、一回転するとふわりと宙に浮いた。胸のあたりまで伸びたツインテールが揺れる。


「綺麗だね。お姫様みたいだ」


 アリカは長い前髪をかきあげた。彼女は歯が浮くような言葉を簡単に云うたちだ。


「だって、お姫様だもの」


「それもそうか」


 アリカたちは令嬢と言って差し障りのないほどの高名な血筋の家庭にて生まれ育った。そんな環境であったので、二人が社交ダンス――ひいてはコンペティション・ダンスの選手になるのもままある流れなのかもしれない。






 コンペティション・ダンスとは、社交ダンスを競技として点数化しその優劣を競うものだ。アリカとエリィは同性カップルで初となる全ニッポン選手権の優勝を果たした。この競技は元来男性リーダー女性パートナーによる二人一組のカップルが行うものだ。アリカはリーダー、エリィはパートナーとして十五年間カップルを組んできた。また、両人百六十センチ未満という異例の低身長での栄冠だった。




『準決勝進出一組目は、エントリーナンバー二十八番、アリカ・バンジョウ、エリィ・キリュウです』




 まだ暗いホールにアナウンスが反響する。光に向かって悠然と歩み、観客や審査員に対して大きく手を挙げ、二人は位置につく。




 正面に相対して、エリィは呟く。


「アリカ姐はヒーローだよ」


「ありがとな。さ、行くぞ」




 二人のワルツが始まる。


 アリカは背筋をピンと伸ばし、構えた。差し出された手がエリィを迎え入れる。両手と腰がぴったりとくっつく。荘厳なヴァイオリンの音色から、優美なステップが繰り出された。それはまさに社交ダンスといった趣で、二人はターンを織り交ぜながら白鳥の番のようにホールを巡る。エリィは上半身を傾け微笑みながらアリカに身体を預ける。クローズド・ポジション相対する配置からプロムナード・ポジション並行する配置に切り替える。




 ナチュラル・ターン、シャッセ、クイック、アウェイ・オーバーズ・ウェー。二人で身体を傾け脚を大きく開く大胆なピクチャー・ポーズを決めると、客席からは拍手が送られた。眩いライトが二人を包む。




 しかし、アリカの顔は引き攣っていた。








「う…」


 すえた臭いにアリカはぐったりとした。便器の吐瀉物を流す。いつから出ていたのか涙が一粒落ちた。


 アリカは近頃人の目が恐ろしかった。ニッポンイチという肩書に押し潰されるようだった。自分は最高で有り続けなければならない。エリィの力を最も引き出すことのできる相棒でなくては。




「ねえ、ばれてないと思ったの?アリカ姐」


 突然、近くから声がした。


「エリィ!?」


「私と貴女しかいないよ。個室もここ以外空いてる」


 エリィはトントンとアリカのいる個室を叩く。


「棄権しよ。もう無理だよ。」


 細く、それでいて力を持ったエリィの言葉にアリカは唇を噛んだ。


「沢山人がいて、ちょっと緊張しただけ。これくらいで挫けるアタシじゃないさ」


「お母さんに見つけてもらうんでしょ。それなら、私に付き合ってへとへとの貴女を見せてあげようかしら」


 悪戯っぽくエリィが笑う。きっと、このまま演技を続けると滅茶苦茶なステップを踏むだろう。第一パフォーマンスの下がっているアリカにエリィを御し切ることはできない。


「…わかったよ。わりぃな、ここまで来て」


「いいよ」


 アリカたちは決勝を棄権した。






 西日が車内を照らす。アリカ達の帰りの車は若者でいっぱいだった。


「もう平気か、アリカ」


「どうってことない」


 運転席から話しかけたのはアリカ達の通うダンススクールのオーナー、ドールである。まつ毛の長い男勝りな女性だ。ダンスの師匠でもある。


「でもさー、スタンダードは優勝してチャンピオンダンスまで踊ってんだろ。そりゃ疲れるよなあ」


 ジュニアチャンピオンのカキが後部から言う。


「いつもはスタンダードもラテンも優勝してるのよ。今回のアリカ姐、何かおかしいわ」


 カキのパートナーであるルウムは声を潜めた。




 社交ダンスには十種類ある。五種ずつに分けられ、片方はスタンダード、片方はラテンと呼ばれる。大会ではこのどちらかを選んで出場するのが定石だ。しかし、アリカのカップルは全ての項を踊る。所謂テンダンサーだ。




「そうかあ」「へえ」「吐いちゃったの」「つかれたー」「眩しい」


 車中は子供たちの声で賑やかだ。しかし、高速道路に乗り十分も経つと規則正しい寝息へと変わった。




 アリカはそれが心地良かった。誰からも見られていない。暖かな静寂が辺りを包んでいた。












 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ホールにピアノが響いていた。エリィが冷静に、けれど豪胆にフロアを舞っている。周囲の貴族達が彼女のダンスに釘付けにされている。








「素晴らしい。彼女には類稀なる才がある」


 そうだろうそうだろうとアリカは頷く。


「フォローの腕はさることながら自己主張も忘れていない。実にダイナミックだ」


 アリカまで鼻が高くなる。


「彼のような背の高い男性と組むのは大変だろうが、むしろその差が美しさを呼んでいる」


 え、と声が出る。エリィは長身の男性と踊っている。楽しそうだった。何も気を遣わずに、純粋にダンスしている。まるで出会った頃のように。アリカはダンスホールになんていなかった。ただ自身の部屋でテレビを観ていたのだ。海外進出したエリィのニュースを。








「アリカ姐、泣いてる?」


 エリィはアリカを覗き込み、別に濡れていない頬を拭った。どうやら夢だったらしい。アリカはゴシゴシとわざとらしく大仰に頬を拭う。ダブルベッドにはもうエリィの温もりも消えていた。結構な時間眠っていたようだった。


「もうお昼だよ」


 エリィはベッドから離れてゆく。


「私の前で泣いてくれたっていいのに」


 微笑みを崩さずにエリィは寝室から出て行った。いったいどこまで見透かされているのか。彼女の瞳は深く、アリカは時々暗闇を覗き込んだ気分になる。


「今日はスタジオ来る?」


「……いや」


 あれから三週間経ち、アリカは自身の所属するダンススタジオに行っていない。そこにはアリカたちの師匠や、その生徒たちがいる。ひとり、家で練習を積んでいた。アリカはまだエリィと同じステージには立てないと思っている。今までできていたことができなくなっている。それはとても悔しくて、怖いことだった。


 焦って空回りしているのは自分でもわかっていたつもりだった。








 エリィはスタジオへ行き、アリカは一人家に残った。個人練習を終えて、シャワーを浴び、カーテンを閉めようとするとねぐらへ帰ってゆく烏の群れが見えた。アリカはカマクラのスタジオまでエリィを迎えに行った。


 早足になっていたからか、直ぐ最寄駅に着いた。アリカは最近カマクラ駅から一駅離れたここでエリィを待っている。改札の前に座って腕時計型デバイスのホログラムを見た。まだ十五分も余裕がある。


 辺りを眺めていると、アリカは違和感を抱いた。誰も改札を通らない。電車が来ないのだ。デバイスを確認すると大幅な遅延が発生していた。直ぐに駅からアナウンスがなされた。


『現在、カマクラ駅近辺で侵略者を確認しております。その影響から全線運転差し止めとなっており、復旧の見込みは立っておりません。新しい情報が入り次第……』




 その言葉を聞いて、アリカは奥歯を噛んだ。急ぎエリィに電話をかける。繋がらない。


 駅から飛び出し、線路に沿って走った。陽が落ちようとしていた。空は気味の悪い紫色だった。








 カマクラは戦場だった。


 鳥居が倒壊し、至る所に煙があがっている。圧倒されると共に、動く人間の少なさに血の気が引いた。民間人が見当たらない。鳥居を乗り越え中心部へ急ぐ。ダンススクールにまだエリィがいる。そう信じてアリカは中心部へ走る。


 侵略者ローバーズの仕業だった。


 侵略者。それは十年前、世界各国の空を黄色の光で染め上げた。トウキョウ上空にも突如『ポート』が出現し、そこから現れた空挺型侵略者達は破壊の限りを尽くした。空挺型侵略者は拉致型侵略者を内蔵しており多くの生物が丸呑みされた。天からの光によって大地は灼き尽くされ、生物が遥か天上へ連れ去られる様を人々は「末法世界」と呼び畏れた。トウキョウは甚大な被害に見舞われ日本の首都は一時的にカマクラとなった。


 アリカの母親も、侵略者に拉致された。




 路地を抜け坂を上ると開けた場所に出た。ここはダンススクールのはずだった。無くなっていた。瓦礫がうずたかく積み重なっている。


「……エリィ?」


 アリカは不安定な足場を駆け上った。


「エリィ!ドールさん!カキ!ルウム!アスト!レミィ!ユウ!タキ!マウリ!キッパ!みんないないのか!」


 今日練習していたはずの生徒を呼ぶ。返事は無く、悲壮なアリカの顔を一陣の風が吹きつけた。


 昇り詰めると、瓦礫の中心にエリィがへたり込んでいた。俯いて肩を抱いている。


「エリィ!」


 アリカは駆け寄った。エリィは肩を抱いているのではなく、胸に何かを抱きしめていた。それは紅玉のようだった。小さく震えて目を見開いている。


「これ…」


 エリィは抱きしめたそれをアリカの胸に押し当てた。その瞬間、エリィの襟首が気味悪く胎動した。肩を抱いて苦しむ。その果てに彼女が透明な液体を吐くと、脊椎から皮膚がぐんと伸び液状の生命が発生した。それは液体のように彼女の頭を覆っていく。球体の膨らみが一つあり、一線が浮かび目玉が表出した。アリカは戦慄しながら液状のそれを剥がそうとした。


「何だよっこれ…侵略者に何かされたのか?負けるなエリィ!」


 必死にエリィに纏わりつく液体を払う。しかし、液体はみるみるうちに溢れ彼女を覆い隠す。




「私……もう、行かなきゃいけないの」


 殆ど液体で覆われた彼女はなんとか発声する。冷徹な声だった。それどころではないアリカは、はぁ?とつっけんどんに返す。こんなときだから、アリカはその違和感に気づかなかった。




 エリィは真っ直ぐ相対し、笑ったのだ。


「私のこと、覚えていてね」


 突如アリカの身体はエリィから弾かれた。アリカは数メートル転がり、すぐに顔を上げた。エリィは異様な姿に変身していた。彼女は浮遊している。脊椎から伸びた皮膚が液状化して全身を覆っていた。頭には一つの目玉がついていた。ロイコクロリディウムのようにそれはエリィを操っているようだった。


 化け物となったエリィはエレクトーンのような音を発し、アリカを指さした。すると同じく一つ目の拉致型侵略者が続々と集まってきた。


 拉致型侵略者はその名の通り人間の拉致に特化した生態をしている。一つ目の両端に伸縮自在の触手を持ち、まるで肋骨のように奪取した生物を覆い包む機構がある。


「エリィ…?何を」


 拉致型侵略者がアリカを包囲する。愚直にもアリカはまだエリィを諦めていない。


「アタシの声が聞こえるか!降りてこい、早く」


 ぴくりとエリィの身体が動いた。液体で覆われ、その視線は定かではない。唇だけが表出している。




「拉致」




「……エリィ?」








「地球人……須らく拉致すべし」


 突如拉致型侵略者達が奮起した。それは雀蜂を殺しにかかる幾匹もの働き蜂の攻撃――熱殺蜂球のようだった。無秩序のようでいて、効率的である。


 侵略者の一団の触手が向けられたが、すんでのところで躱す。一点を狙っていたせいで触手は矜羯羅がった。地を分かつ光線の間隙をぬって彼女は逃げる。もともと狭いところは慣れていた。得意技なのだ。


 アリカは闇雲に逃げているわけでは無かった。エリィから離れるのは不本意だが、道中にあるものを見つけていた。


「あった……!」


 それはパイロットを失った迫撃機巧だった。








 そばには負傷し血だまりをつくる人がいた。パイロットスーツを着ていた。二人は迫撃機巧を盾に話す。


「大丈夫ですか」


「まだ、残っていたのか。疾く逃げなさい。ここにいてはいけない」


 アリカは生唾を飲み込んだ。真っ直ぐにパイロットを見る。


「助けたい相棒ひとがいる。こいつはアタシが動かします」


「君に出来るか。死ぬぞ」


「今アタシがやらなきゃ、魂がすたる」


 パイロットはその目に射抜かれたようだった。自分でも馬鹿なことをしていると思いながら、人生の最期の時間を彼女に託したいと感じた。


 彼はアリカの腰に光る宝玉を指さした。エリィから受け取った物だった。


「それを使いなさい。貴女を導いてくれる。あと、頭部デバイスをつけること。姿勢よく操縦桿を握ること。……あとは、飲まれないこと」


「飲まれる?」




「私達は飲まれた。だから―――死ぬ。」


 二人は血だまりに目を落とした。両脚のももから先がない。深紅というより赤黒い血だった。


 パイロットは思考する。誰もが恐怖に逃げ惑う中、無謀にも立ち向かう彼女のことを。一生のなかで、こんな人には会ったことがない。


「一生、といっても……。俺はどこかで、自分は別だと、死なないと思っていた……」


 アリカの目が熱くなる。歯を食いしばった。


「無駄話をしてしまった。乗りなさい。あなたの未来に、」


 唇が震える。もうほとんど息を吸えていない。


「光……を」








 侵略者がアリカを見失ったのか、戦場は暫時静寂に包まれた。アリカはせめてもの手向けとして息絶えた機動隊員の顔にハンカチをかけ、手を合わせた。


 迫撃機巧は鉱山大国ニッポン独自の侵略者特効兵器であった。人型をとっており全長は十メートルほど。侵略者は遠距離攻撃にいまいち効果がないことから迫撃戦に持ち込むための兵器だ。その高い技術から、脳波によるコントロールを可能としていた。つまり、念じるだけでその通りに動く。もちろんパイロットになるためにはそれなりの訓練が必要だ。


 路上に倒れていたからコクピットに乗るのは簡単だった。ハッチを閉める間にも放たれている光線がアリカを焦らせる。内部は想像していたよりシンプルだった。


「これか」


 脳に接続するデバイスらしきものを見つけた。ヘッドホン型のそれを装着する。


 しかし、起動しない。


 と、宝玉が強く輝いた。ポケットから取り出すと、胎動したように感じた。正面にかざすと、すべての液晶が点灯した。OSが起動し始める。アリカは恐る恐る手を握った。


 すると、ぎこちなく迫撃機巧の巨大な手が握られた。脚部のパーツから空気が圧出され、慣れない感覚に戸惑いながらも、アリカはそれを大地に降り立たせることに成功した。


「ひとまず、うまくいったか……」


 アリカは息を吐く。


「お馬鹿!」


 突甲高い少女の声がした。緊張していたアリカは飛び上がりそうになる。


「ナビゲーションが完全に起動するのを待たずに立ち上がったわね。私無しでよくも動かしたものだわ。でもその集中力は戦いまでとっときなさい」


 少女は早口に捲し立てる。


「アンタは……誰なんだ」


「私はこの機体そのものよ。コクピットそのものといったほうが良いかしら」


 アリカは驚く。


「AI……なのか?名前は?」


「そういう認識で構わないわ。今こんな問答をしている場合じゃないと思うけれど」


「それは……そうだけど」


 突如一直線に侵略者が突撃する。迫撃機巧は手の甲についた銃身でそれを弾いた。


「もう敵にバレてるわ」


「アンタ、勝手に動くのか」


「限定的よ。二人で一つだから、どちらが欠けても動かないわ」


 繊細なようで、芯の通った声だった。アリカは操縦桿を握り直す。


「よし…エリィのいる所まで押し通る!」


「勝手に進めないで!」


 そう言いつつも鈍色の迫撃機巧は瓦礫の山の頂上へ走り出した。








「一號、再度起動しました!」


「コアは完全に破損したはずでは?」


「通信、カメラともに取得不能」


「誰が乗っているというのだ……」








 通信は途絶していた。いくつか機能が制限されている。


 手の甲についた二丁の砲で敵を撃つ。しかし、衝撃にブレて思うように当たらない。


「左手で支えなさい!」


「こうか」


 二人は崩壊したビルの物陰に潜む侵略者を一掃する。しかし、侵略者は撃っても撃っても次々に現れる。迫撃機巧に響く音声の主は(持ち合わせていないが)歯ぎしりした。これではいつまで経ってもエリィには辿り着かない。


「上半身の操縦頼めるか。下半身は任せてほしい」


「もう弾が残ってないけど!何をするつもり?」


「少し…姿勢を伸ばして」


「は?」


 アリカはフゥと息を吐いた。脚先に集中し、目をとじる。








 動け。踊れ。








 迫撃機巧は背筋をピンと伸ばした。脚を直角に引き上げる。まるで熟練のダンサーのようにステップを刻み始めた。流れ続ける水の如く、大勢の侵略者の網をすり抜ける。これをアリカ達はフロアクラフトと呼んだ。彼女とエリィ、二人の得意技である。そして跳躍。跳躍。跳躍。


 宙に浮くエリィに精いっぱい手を伸ばした。


「帰るぞ!エリィ!」


 届く。エリィの胴に硬い指を伸ばした。


 「ダメ!」


 少女が叫んだとき、エリィの背中から発生した鋭い触手が彼女らを襲った。鈍い音がして迫撃機巧は酷く地面に打ちつけられた。触手は迫撃機巧の頭部を突き刺し地面に叩きつけたようだった。


「まずい…ねえあなた!起きて!」


「う…」


 前髪をかきあげると手にべっとりと血がついた。視界が霞む。アリカの目には光が映った。拉致型侵略者が集結し、通常の何倍ものビームを放とうとしている。


「もう一回…もう一回だ」


 血でべとついた手で操縦桿を握った。アリカは重い身体を揺り起こす。背筋を伸ばすのだ。いつだってそうしてきた。


「もうこの機体は限界よ。離脱しなきゃ」


 声の主は焦燥を募らせる。振り返ると、迫撃機巧の右足の膝から下が瓦礫と共に転がっていた。動きのラグも酷い。アリカは侵略者の目玉を睨みつけた。


「這ってでも逃げるのよ!早く!」


 眩い閃光がアリカを包みこんだ刹那、彼女は断裂した足を放り投げた。


 侵略者の目標は逸れ、高温の直線ががらくたを溶かしつくした。




 いつの間にか侵略者の奥にいたエリィが消えている。退却の命が下ったのか、残った魑魅魍魎たちは天へと昇っていく。雲が晴れて、破壊された街にほのかな光がさした。




「エ、エリィ…何処に、いったんだ」


 迫撃機巧は手を投げ出して仰向けに倒れた。コクピットからは少女の吐息が漏れる。


「自分の心配をなさい。止血しないと危ないわよ」


「なあ…AIさん、アンタも、協力してくれないか……後生だからさ」


 アリカは話を聞いていない。目は焦点が合わず、呼吸もおぼつかない。ほとんど独り言のように呟いている。


「なぁ、―――シャ、頼むよ」


「え」


「ナターシャ。アンタの名だ」

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